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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第6章 重なる想い
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(7)明日も明後日も


 辺りが少しずつ暗くなってきた。

 このままここにいたら、寒さで彼女に風邪を引かせてしまう。


「そろそろ帰ろうか」

 俺の言葉に彼女がうなずいた。

 だが、動こうとはしない。


「チカちゃん、何で立たないの?」


“先輩こそ”


「ん?いや、まぁ」


 もっと一緒にいたいから……とは、何となく恥ずかしくて言えない。


 彼女も俺と同じ気持ちらしい。

 お互いがモジモジとしたまま、無言の時が流れてゆく。


 そんな時、彼女が小さなくしゃみをした。


「あっ、やっぱりすぐ帰ろっ」

 俺は慌てて立ち上がる。

「明日も明後日も、これからはずっと一緒にいられるから。今日はもう、帰ろう」

 彼女の手を引いて立ち上がらせた。


 そこへ……。


「こらぁ、桜井!何やってんだっ!」

 学校一怖いゴリラ……、いや、体育教師の後藤先生が走りこんできた。

 その後からはゼーゼーいってる小山。


 先生はズカズカとこっちにやってきて、俺と彼女を強引に引き離した。


―――え?なんだよ、これ?


 突然のことにあっけにとられる。

 先生は俺の肩をグイッと押しのけ、彼女の前に立った。

「大丈夫か、大野。桜井にひどいことされなかったか?」

 ゴリラ顔からは想像も出来ない優しい声。


―――こいつ、女子にはヒイキしてやがるな!


 それよりも。

「先生!俺はそんなことしてないですっ」

「……そうなのか?」

 ものすごーく疑わしい目で、俺を見てくる。

「そうです!」

 短く言い切り、少し離れたところでまだ肩で大きく息をしている小山を呼んだ。

「おいっ!お前、どんな説明をしたんだよ!?」

「え?それは“一年の大野さんが連れて行かれて、大変な目に合いそうだ”って……」

「ったく、それじゃ言葉が足りなすぎだろ!そんな言い方したら、今ここにいる俺が彼女にひどいことをしてるみたいじゃねぇかよっ!」

「あ、そうか。ごめん」

 小山は頭をかいた。

「しっかりしてくれよ」

 やれやれと、俺はため息をつく。

「彼女を連れ出したのは、俺じゃなくて松本たちです」

「大野、本当か?」

 先生の言葉に、彼女は大きくうなずいた。

「よし、分かった。あいつらには俺から注意をしておく。じゃ、気をつけて帰れよ」


 俺たちにそう言い残し、先生は校舎に戻っていった。




「まったく、小山は焦りすぎだよ。危うく俺が悪者になるところだったじゃねぇか」

「だから、ごめんって。……それより、何でお前とチカちゃんはそんなにくっついて立ってんだ?」

 さっきは先生に無理やり離されたけど、いつの間にか寄り添っていた。


「ああ、うん……」

 言おうかどうしようか迷う。


―――でも、小山はチカちゃんのイトコだし。小山がいたから彼女と知り合えたわけだから、隠しておくのも悪いか。


 俺は照れを隠すために、あえて素っ気なく言う。


「実は……、付き合うことになった」

「はぁっ?!」

 もともとそんなに大きくない小山の目が、バッと大きく開く。

「なんで松本たちがいた流れからそうなるんだよ?!」

「何でって……。説明するとややこしいことになるから、別の機会に。ま、とにかくそういうことなんだ」

 隣に立つ彼女に目をやると、ほほを赤く染めながらうなずいている。

「あー、もう、なんなんだよぉ。必死で駆けつけたら2人でいい雰囲気だし、付き合うことになってるし。おまけに、桜井はだらしなくニヤけてるし」

「べ、別に、ニヤけてなんかっ」

「その顔のどこがニヤけてないって言うんだよ?」


―――お前のほうがよっぽどニヤニヤしてると思うが?



 小山はじっと俺の顔を見て、そしてニッと笑った。 

「細かいことはいっか。桜井の嬉しそうな顔が見られて、俺は心底ホッとしたよ」

「ホッとした?」

 小山の言葉に、思わず聞き返す。

「ああ。だってお前、嬉しいとか、楽しいとか、あんまり表情に出ないじゃん。いつも思いつめたように不機嫌でさ。過去に人には言えないようなつらいことがあったんだろうなって、心配してたんだぜ」

 

 わいわい騒いでふざけてばかりの男だと思っていたけど、小山は俺の心の傷に気がついていたのだ。

 なのに俺を気遣い、あえて訊き出そうとはしてこなかった。


 そんな心配りが出来る男だから、俺は友達として認めたのかもしれない。


 ひょんなところで小山の長所を見つけた―――でも、なんとなく悔しいから絶対黙っていよう。




「俺、予備校に行くから先に帰るな。桜井たちも早く帰れよ」

「ああ」

 手を振って、去っていく小山の背中を見送った。


 ヒヤリとした風が吹く。

「帰ろうか」

 何気ないふりを装って、俺は右手を差し出した。

 本当はちょっと、いや、かなりドキドキしてる。


 チカちゃんはさっと顔を赤くして、じっと俺の手を見ている。


 そして、ゆっくり、ゆっくりと自分の左手を上げて、そっと俺の手に重ねてきた。

 その指先をやんわりと包んで、俺は歩き出す。

 すぐ横にいる彼女の存在が可愛くて、嬉しくて、自然に口元が緩んでいた。



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