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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第6章 重なる想い
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(5)届いた想い


 あいつらの姿が見えなくなったところで、背後にいた彼女がゆっくりと息を吐く。

 俺は体の強張りを解き、大野さんの正面に立った。


「怪我はない?」


 彼女の様子を頭からつま先まで見る。

 スカートが少し汚れているが、怪我はなさそうだ。


 俺の呼びかけに対して、大野さんが“平気です”という意味で静かに首を振った。


 だが、いきなり見ず知らずの上級生に囲まれて、さぞ怖かったことだろう。

 体に傷はなくても、心には傷が付いてしまったかもしれない。

 その事が本当に申し訳なかった。


「ごめん、俺のことで巻き込んだりして」


 再び首を横に振る彼女は大きく深呼吸をして、スカートのポケットからメモとペンを取り出した。


“どうしてここが分かったんですか?”


「3階を歩いていたら、あいつらに連れられている君を見たんだ」


“そうでしたか”


 短い返事を寄越し、彼女は少しの間、動きを止める。


 ややあって、彼女のペンがメモの上で動いた。


“わざわざありがとうございました。私ならもう大丈夫ですから、気にしないでください”


 淡々とした文章を差し出した後にペコリとお辞儀をし、立ち去ろうとした彼女。

 その肩をとっさに掴む。

「平気じゃないだろ!?こんなに震えてるのに……」


 小刻みに揺れ続ける細く小さな肩。

 松本達が姿を消してから時間が経っているのに、いまだ俺の手に震えが伝わってくる。

 彼女が受けた衝撃の大きさを物語っていた。


「怖かったよね?ごめん。本当にごめん……」


 俺は何度も謝り、彼女の震えが止まるまで、肩に手を置いていた。






 しばらくすると、ようやく彼女の顔の緊張が解けてゆく。

 それを見て、俺はゆっくりと手を下ろした。



 彼女の手が再び動く。


“先輩は優しい人ですね”


 俯き加減でメモが差し出された。


 

「あ、いや。誰にでも優しいわけじゃないし。その……、君にだけだよ、俺が優しいのは」


 俺の言葉に顔を上げ、不思議そうに首をかしげる彼女。



 その瞳にスッと影が浮かぶ。


“私が、『話すことの出来ない可哀想な子』だからですか?だから、優しくするんですか?” 


 ゆっくりと瞬きを繰り返す彼女の瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。

 悲しみと悔しさが同時に見て取れる表情だった。


 それを見て、俺はたまらず叫ぶ。


「違う!同情じゃない!!」



 俺は彼女の瞳をじっと見つめる。

「哀れみじゃない!!―――好きだから」



 言葉にも、視線にも、自分の想いを乗せる。


「好きなんだ」


 彼女の大きく愛らしい瞳が、驚きにギョッと見開かれた。

 そんな彼女に向かって、俺は生まれて初めての告白を続ける。


「いつもそばにいたい。いつまでもそばにいたい。ずっと、ずっと、チカちゃんと一緒にいたい」

 

 もっとカッコいいセリフを言いたいのに。


 もっと想いを伝えたいのに。


 今の俺は心臓がバクバクと激しすぎて、こんな言葉しか出てこない。


 言い直そうとしても、何を言ったらいいのか分からず、俺は悔しげに唇を噛みしめることしか出来なかった。





 告白が終わっても彼女は瞬きもせず、じっと俺を見つめている。


 完全に体が固まってしまった彼女に、おずおずと呼びかけた。


「あの……、チカちゃん?」


 彼女の肩がピクン、と跳ねる。

 それでも、彼女は何も伝えようとはしてこない。


 もしかしたら、断るための言葉を考えているのではないだろうか。


「俺じゃ……ダメ?」

 恐る恐る尋ねる。


 すると、彼女はプルプルと首を横に振った。そして急いでメモにペンを走らせている。

 書き終えたメモを、俯いたままそっと俺に差し出した。


「えっと……。“違うんです。好きな人の真剣な顔がすごく素敵で、思わず見とれていました”。……え?好きな人?!」


―――それって、それって……。


 震える指で俺はゆっくりと自分を示す。


 少し間があって、赤い顔をした彼女がコクンとうなずいた。

 イチゴのように真っ赤な顔で。


「本当に?」

 改めて訊くと、さらに耳まで赤くして小さく何度もうなずく。


「やったぁ!」

 俺は嬉しくて、勢い余って彼女を抱き寄せた。 突然のことに目を白黒させている彼女を、ギュッと抱きしめる。

「やった。やったぁ」

 俺は満面の笑みを浮かべた。


 それは両親が亡くなって以来、初めて浮かべた心からの笑顔だった。


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