(4)人を好きになる権利
俺は体育祭の時以上に一生懸命走った。
―――早く行かないと!早く!早くっ!!
校舎の角を曲がって目に入ったのは、ケラケラと笑い続ける3年の女子の背中。
それと、スカートをぎゅっと握り締めて、必死に涙をこらえている大野さんだった。
「お前ら、何やってんだっ!!」
5人を大声で怒鳴りつけた。
ギクリ、と体をこわばらせ、5人がゆっくりと振り向く。
俺の姿を視界に捉えて、更に全身を硬くした。
「さ、桜井君っ!どうして、ここに!?」
松本の顔が真っ青になる。
問いかけを無視して、俺は肩を震わせている大野さんに近づいた。
そして、小さな彼女を自分の後ろに隠す。
「先に俺の質問に答えろ!人目のつかない所で、お前等は何をしてたんだ!?」
低く冷たい声で問いかけ、5人をじっくりと睨みつける。
しかし彼女たちはオロオロと視線を泳がせるだけで、口を開こうとしない。
俺は一歩前に出た。
「さっさと答えろっ!!」
怒鳴り声に驚いて、5人は肩を竦める。
やや間があって、松本が怖々と話し始めた。
「あ、あの……。その子が桜井君に付きまとっているから……。それで、ちょっと忠告をしていただけ。べ、別に虐めていた訳じゃないのよっ」
松本が取って付けたような言い訳をすると、残りの4人も一斉に自己弁護を始める。
「そ、そうよ。桜井君は周りに女子がいると不機嫌になるじゃない」
「だから、私たちは桜井君のために……」
自分たちの行動に反省の色が見えないこいつらに対して、本気で腹が立った。
「俺がいつ、そんなことを頼んだっ!?」
あまりの怒声に、5人がビクッと震える。
「この子は俺に付きまとったりしてない。俺から彼女に近づいていたんだ!」
松本は泣きたいような、怒りたいような、複雑な顔をする。
「それ……、本気で言ってるの?」
「そうだ!」
俺がはっきり言うと、松本は突然叫びだす。
「私のことは鬱陶しがるのに!!その子は話もできない欠陥人間なのよっ?!どうしてそんな子を選ぶの?!」
ヒステリックな松本よりも更に大きな声を上げる俺。
「ふざけたこと、言ってんじゃねぇよ!!」
俺の勢いに、5人が後ずさった。
「人の心の痛みが分からないお前らのほうが、よっぽど欠陥だらけだっ!下級生1人によってたかって言いがかりをつけるなんて、最低な人間だな!!」
「そんな、ひどいっ。私は、ただ桜井君のためを思って。あなたが好きだから……」
松本が俺にすがるような視線を送る。
俺は一つ息をついて、静かに言った。
「もちろん松本にも、そこの女子たちにも、人を好きになる権利はあるさ」
好きになるだけなら、何の問題もない。
彼氏がいる女の子を好きになることも、彼女がいる男の子を好きになることも、好きでいるだけなら許されると、俺は思う。
報われないことを承知で、影ながらそっと想いを寄せることは悪いことではない。
だが、こいつらは許されないことをした。
もう一度、全員を睨みつける。
「でもな。その権利は“好きな相手を手に入れるために、人を傷つけていい”ってことじゃないんだっ!」
愕然とする5人。
「二度と余計なことはするな。分かったなっ!!」
俺の怒りにおびえながら、彼女たちは足早に逃げ去っていった。