(2)校舎裏 SIDE:晃
小山に意味不明な言葉を投げかけられて数日が経ち、自分の中で“何か”が起きていることを自覚しつつある。
もともと、変だなとは感じてはいた。
大野チカという少女に出逢ってから……。
あの子の前だと『冷たい』と言われてきた俺が崩れる。
あの子がそばに来ても、他の女子と違ってイヤではない。
むしろあの子の姿を見かけると、自分から近づいていくこともある。俺の横に小山がいなくても。
あの子が困っていたら助けてあげたいと思う。
あの子にはいつも笑っていてほしいと思う。
これが妹を思う兄心なのだろうか?
告白されたことは数え切れないほどあったけれど、人を好きになったことはなかったため、俺は自分の奥に芽生えている感情を理解できない。
それでも、無意識にあの子の姿を目で追いかけてしまう。
そして、事件は起きた。
11月ともなると、いくら温暖な静岡とはいえ吹き抜ける風は冷たい。
「なぁ、桜井。帰りに肉まんでも食わないか?」
「そうだな」
3階の廊下を歩きながら、ふと窓の外に目を向けた。
普段なら人がいない校舎裏に続く細い脇道を歩く数人の女子の姿が目に入る。
―――あれはっ!?
窓に駆け寄り、ガバッと身を乗り出してジッと見る。
明るい髪の女子たちに囲まれて、うつむきながら歩いている一人の小柄な黒髪の少女。
ショートカットで黒髪の女子は、この学校に一人しかいない。
俺は前に滝沢から聞いた話を思い出した。
ファンクラブ会長の松本を中心とした女子たちが、俺に近づく女子を排除しているということを。
腕をつかまれて無理やりに歩かされているあの子の様子を見て、松本たちの容赦のないところが恐ろしくなる。
―――もし、あの子に何かあったら・……。
考えただけでゾッとした。
―――助けに行かないと!あの子には傷ひとつ負わせたくない! 俺が……、俺が守ってやらないと!
ようやく分かった。
ここ最近、俺の胸の中でくすぶっていた感情の正体が。
―――俺は、あの子が好きなんだ。だからそばにいたいと思うし、笑顔が見たいんだ。
「桜井、どうした?」
小山も窓から身を乗り出す。そして俺と同じように表情が凍った。
「チカちゃんじゃないかっ」
「小山、先生を呼んできてくれ。俺はあの子のところに行くからっ!」
「分かった。チカちゃんを頼む!」
俺たちは廊下を駆け出した。