(4)初対面
「ちょっと、ちょっと。みんな、大変だよぉ」
始業式が始まる前、友達と夏休みの報告をしていると、おしゃべり好きなある女の子が飛び込んできた。
「3-1に超カッコいい先輩が転入してきたよっ!」
一瞬で女子たちがざわめき出す。
「ほんとっ!?」
「ねぇ、どんな感じ?」
あっという間に何人もの女子が、その子に駆け寄る。
「えっとね、背がスラッと高くて、顔がすっごく綺麗だった。俳優かモデルって言っても、納得できちゃうくらい」
興奮しながらその先輩についての説明をすると、それにつられるように、話を聞いている子達も楽しそうに目を輝かせる。
でも、私は何の興味も湧かない。
―――圭ちゃんと同じクラスだ。
そう思っただけ。
「ね、ね、チカ。どんな人だろうね。見たいよね」
私の前に座る佳代子ちゃんは、他の女の子と同じように興味津々。
「見る目が厳しいよっちゃんが騒ぐくらいだもん。相当カッコいいんだろうなぁ」
よっちゃんとは転入してきた先輩のことを話し続けている子で、カッコいい男子をリサーチする事が趣味だと言う。
「そのカッコいい先輩が私の彼氏になったら、嬉しくって倒れちゃうかも~」
顔もロクに分からない、話もした事がない転入したての先輩に、佳代子ちゃんは頬を赤くしている。
そんな友達や、盛り上がっている女子たちを見ても、私は冷静だった。
そういう男の人が苦手だから。
―――カッコいい人はモテるのが当たり前だと思っているから、ツンとして、ワガママだったりするんだ。それか、女の子に囲まれてヘラヘラしてるんだ。
まだ会った事もない先輩には失礼だけど、そんなイメージを持った。
体育館で行われる始業式。
私達1年生は最初に体育館に入っていた。
2年生に続いて3年生が入ってくると、クラスの女の子達は噂の先輩を一目見ようとキョロキョロ。
私だけは大人しく前を向いていた。
式が始まるとさすがにみんなは前を向いていたけれど、終って解散になったとたんに、またキョロキョロ。
それは私のクラスだけじゃなくて、学校中の女の子がそうだった。
―――もう知れ渡っているんだ。噂って広まるのが早いなぁ。
そんな事を思っていたら、視線の先に圭ちゃんの後ろ姿を見つけた。
その横には見たことのない人が並んでいる。
―――あの人が転入してきた先輩かな?
よっちゃんの説明通り、かなり背が高い。
チラッと見えた横顔は、自分が想像していたよりも整っていた。
―――あー、よっちゃんが大騒ぎするだけのことはあるなぁ。
遠目から見ても、綺麗な顔立ちをしているのが分かる。
だけど、今はその綺麗な顔がものすごく不機嫌で怖い。
やっぱり私の苦手なタイプだなって思った。
よっちゃんはあっという間にその先輩の事を調べてきて、次の日には先輩のフルネーム、住んでいるところ、誕生日などの情報を手に入れてきた。
休み時間、みんなの話題は先輩の事ばかり。中にはわざわざ3-1まで見に行った人もいるみたい。
顔を見てきたクラスメイト達は
「どこから見ても、ホントにカッコよかったぁ」
「無愛想でちょっと怖かったけど、そこがまたクールな感じで良いよね」
と大はしゃぎ。
佳代子ちゃんに見に行こうって誘われたけれど、断わった。本気で興味がないのだ。
3年生が卒業するまで、あと半年。きっと、私と顔を合わせることもないだろう。
……そう思っていたのに。
放課後。
図書室に向かう途中、その先輩と顔を合わせた。
合わせたと言うか、余所見をしていた先輩が私に気が付かなくてぶつかってきただけ。
あっと思った時にはもう遅くて、目の前には見上げるほど背の高い桜井先輩がいた。
先輩はぶつかったのは自分が悪いと分かっていたらしく、
「ごめん。ケガはなかった?」
と訊いてきた。
謝ってくるその声が何だか硬くて、不機嫌そうで、怖くなった私は無言で首を振った。話せないから、無言になるしかないのだけれど。
慌てていた私も悪いのだから、本当は私も『ごめんなさい』って言いたかった。
だけど言えないから、ただ、首を振る。
そして、謝る代わりに先輩のカバンに付いたほこりを払う。
出来る限り綺麗にして差し出したのに、先輩はムッとして、こう言った。
「あんた、何でしゃべんないの?黙っていられると気分悪いんだけど」
―――え!?
自分に向けられる痛いほどに冷たい言葉にびっくりして、思わず先輩の顔を見た。
先輩はイライラとしているのを隠そうともしていない。
―――私が話せないってこと、まだ知らないんだ。それじゃ、こんなこと言われても仕方ないよね。
泣きそうになるのを、唇をかみ締めて我慢する。
―――……こんなの、いつもの事だもん。
私は改めて頭を下げ、その場を立ち去った。
誰もいない図書室で、大きなため息。
みんながどんなにあの先輩がイイって言っても、私は苦手だ。
いくらカッコよくても、いくらスタイルが良くても、あの冷たい表情はイヤ。
―――困ったなぁ。圭ちゃんの教室に行きづらくなっちゃったよ。
もう一度ため息。
そこに、遠くからこちらに向かってくる足音。走ってはいけない廊下を、猛ダッシュで近付いてくる。
―――誰だろう?
図書室の扉が開いて、現れたのは桜井先輩だった。
―――なんで?文句が言い足りなくて、追いかけてきたとか?!それとも、ちょっと頭を下げただけじゃダメだった?!
私は慌てて頭を下げる。何度も、深々と。
そんな私の肩にそっと手が置かれた。
顔を上げると、さっきの怖そうな顔とは全然違う先輩が目に入る。すごく申し訳なさそうな表情だ。
そして、真剣に謝ってくれた。
これまでにも、私が話せないことを後から知って謝ってきた人もいたけれど、こんなに一生懸命に謝られたのは初めてだ。
―――思っていたより、悪い人じゃないのかも。
私は『気にしてない』という意味で、首を横に振る。
ひどい言葉で傷ついたことは過去に何度もあり、もう慣れてきた。
そう伝えたら、なぜか先輩が怒り出した。
「何度言われたって傷つくに決まってる!心の痛みに、慣れなんてない!!」
あまりの勢いに、私はポカンと口を開けた。
びっくりしてしまったのと同時に、私の心の傷に気が付いてくれた事が嬉しくって。
すごく、すごく、嬉しくって、かえって何も言えなくなってしまった。
それにしても、これまで友達から『いつも無表情で、口数が少ない』と聞いていたのに。
目の前にいる先輩は困ったり、怒ったり、落ち込んだり、ぜんぜんツンとしてなくて。
そして実は、私の心の傷を心配してくれる優しい人。
さっきまであんなに苦手だと思っていたのが、今では、そんな風に感じなくなっていた。