(2)手紙
ある朝。
登校すると、俺の靴箱の前から数人の女子が急いで立ち去るのを見た。
あれはたしか、ファンクラブの女子だ。しかも松本にべったりくっついている、少々やっかいなタイプ。
松本はファンクラブの会長ということで、自分よりも俺に近付く女子を許さないという。
でも松本と仲良くしておけば、抜け駆けしない限り邪魔をされることはない。
だから少しでも俺に近付こうと、いつでも彼女のご機嫌を伺っているような連中。
そいつらが手に何かを持って走り去る。白いような、薄いピンクのような、薄くて四角いもの。
「なんだ?」
気にはなったが、まぁ、大したことではないだろう。
俺はその事を放っておいた。
この出来事がなんだったのか。翌日の放課後、滝沢から聞かされる。
「桜井。最近、靴箱にラブレターが入ってないだろ?」
突然そんな事を言われて、少し驚いた。
たしかに10月に入ったくらいから、毎日のように靴箱に入っていた手紙やプレゼントが一切ない。
「どうして滝沢が知ってるんだ?」
すると、彼はこめかみを指でかきながら、ポツリポツリと話し出した。
「昨日、渡り廊下を通った時、あんまり穏やかじゃない声が聞こえたんだよ」
滝沢の話はこうだった。
校庭に面している一階の渡り廊下の反対側は、何があるわけでもない。だから普段はそこに人がいるはずはない。
それなのに人の話し声がしたので気になり、立ち止まった。
悪いとは思いつつもただならぬ雰囲気なので、そっと気配を窺うと、校舎の角の奥のほうに人影が見える。
イジメやケンカだったら先生を呼ばなくてはと、確認するために近付いた。
そこにいたのは2年生の女子が1人と、彼女を取り囲むように松本と数人の取り巻き。
「あなた。私達に無断で桜井君に手紙を渡そうとしたでしょ?」
そう言って松本が取り出したのは、その2年生が書いたと思われるラブレター。
「あっ、私の!」
さっと顔色を変えた2年生の子は手を伸ばしたけれど、松本は目の前で手紙を容赦なく破り捨てた。
「困るのよ、こういうことされると」
ちぎった手紙をヒラヒラとばら撒きながら、松本は2年生を睨む。
「そうよ。桜井君に迷惑じゃないの」
「二度とこんなことしないで」
「私達を差し置いて、勝手に近付こうとしないでよね」
取り巻き立ちが一斉に口を開いた。
2年生は何も言えず、ただ俯いたまま。
「これからは勝手なマネはしないことね」
黙りこんだ2年生に向かって松本が厳しく言い、取り巻きを引き連れてその場から去っていった。
「松本はそれ以上のことはしなかったし、大騒ぎすることでもないと思うんだけど。でも、一応お前に話しておこうと思って」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとうな」
俺が礼を言うと、滝沢は右手を軽く上げて教室を出ていった。
「ふぅ」
ため息をついて、俺は席を立った。
小山は担任に呼ばれているので、今日は一人で帰る。
「手紙が靴箱に入ってなくて、それはそれで気が楽だけど」
俺の靴箱を断わりもなしに勝手に開けるのがムカつく。そして、俺宛の手紙を勝手に処分するのもムカつく。
もらった手紙は読むつもりも、返事を書くつもりもないけれど、その手紙をどうするかは俺が決める事だ。
「やっぱり、女って生き物は嫌いだ」
日が落ち始めて薄暗くなった道を一人で歩きながら、吐き出すように呟いた。