(1)ファンクラブ発足
10月になった。
高3のこの時期といえば、目前に迫った大学受験のことで誰もが頭が痛い。
それだけでも気が滅入るのに、女子達は相変わらず俺のことを見て囁いていた。
いや、相変わらずではなく、確実に何倍も増幅している。
体育祭で目立ったのがまずかったようだ。
―――なんで、あんなことしたんだよ……。
改めて考えてみても、あの時の自分の行動が理解できない。
とはいえ、もう後の祭りだ。
雑音を耳にしながら過ごす学校生活は、鬱陶しくてたまらなかった。
だから口数だって減るし、表情だってしかめっ面になるというのに。
女子達からすると、それが『クールでミステリアスで、かっこいい』んだとよ。
ホント、女の思考回路ってわかんねぇ。
更に頭が痛い事に、俺のファンクラブまで出来たらしい。
同じクラスの松本エリカっていう女が会長。
コイツは高校生のクセにばっちり化粧をして、明るい茶色の髪はクルンクルンに巻いている。
俺だったら身支度に時間をかける分、ゆっくり寝ていたほうがよっぽどいい。
それに学校に来るのに、どうしてそんなにメイクに力を入れるのだろうか。いくら自由な校風とはいえ、これはやりすぎだ。
上辺だけいくら綺麗に着飾ったところで、中身が伴っていなければ無意味どころか逆効果。
その松本が
「桜井君のファンクラブを作ったんだけど」
と、嬉しそうに知らせに来た。
俺からすればどうでもいい事だし、勝手にすればという感じ。
「ご自由にどうぞ」
と、素っ気無く答えておいた。
―――芸能人でもない俺のファンクラブって、どんな活動するんだよ?受験生がそんな事にかまけていいのかよ?
ホント、女って生き物はくだらない。
それから俺にあれこれ質問してきたり、写真を撮らせて欲しいとか言ってきたりしているが、睨みつけて黙らせる。
ファンクラブの存在を一応は認めたが、協力してやるつもりはさらさらなかった。
自分のファンクラブではあるが興味はない。
どんな活動をしているのかまったく知らない。
聞いたところによると、松本とその取り巻きの女子達は、抜け駆けして俺に近付こうとしている女子達の行動をチェックしているようだ。
おかげで俺に告白しようとする女子達にやたらと呼び出されることがなくなったので、その事に関してはファンクラブが出来て良かった。
……と思ったのは初めのうちだけで。
簡単に俺に近付けなくなった女子達は、やたらに視線を送ってくるようになった。
囁かれる雑音もやっかいだが、まとわり付く視線もやっかいだ。
特に外で体育の時は。
「あ~あ」
サッカーの試合の最中だというのに、俺は緊張感もなく大あくび。
「なんだよ、桜井。もっと気合い入れろよ」
小山がふてくされた顔をしている。
「1点差で負けてんだぞ、うちのクラス」
そういう小山はサッカーコートを走り回っている。
「こんなにジロジロ見られてたら、やる気なくすぜ?」
「贅沢な事言ってんなぁ。普通は女子に注目されると張り切るんだぞ」
「悪かったな、普通じゃなくて」
ため息混じりに呟く。
校庭脇でバレーボールをしている女子達はもちろん、奥のテニスコートにいる1年の女子、そして授業が行われている教室からも視線を感じる。
鬱陶しいったらありゃしない。
「あ~、かったりぃ」
もう一つ大きなあくびをして周りを見回すと、テニスコートでチョコチョコ動いているあの子が目に入った。
小柄だからか、思っていたよりもすばしっこい。
他の女子よりも背の低いあの子が走り回る様子は、まるでリスやハムスターのようで微笑ましかった。
思わず口元が緩む。
「何、見てんだよ」
小山が俺と同じ方向に顔を向ける。
「ああ、チカちゃんか。……お前、何でチカちゃん見て笑ったんだ?」
「え?俺、笑ってたか?」
自分ではそんなつもりがなかったので、言われて驚いた。
「ニコニコって感じじゃなったけどな。なんていうか、目が優しいっていうか」
「あー。あの子、小さくてクルクル動きまわっているだろ?なんか小動物みたいで可愛いなぁって」
俺のセリフを聞いて、今度は小山が驚く。
「桜井が女子のことを可愛いって言うの、初めて聞いた……」
目を大きく開いて、口はだらしなく半開きになっている。
「そんなに驚く事か?」
まるで幽霊でも見ているかのような表情で、まじまじと俺に視線を向ける小山にあきれた。
「そりゃ驚くよ。女子に対しては“うるさい”とか“邪魔だ”しか言わねぇお前だからさ」
「大した意味はないさ。動物みたいってだけで、褒めたつもりはないし」
「それでもさっきの“可愛い”ってのは、嫌味じゃないだろ?」
「んー、どうだろ。あんまり考えずに言ったことだし、気にすんなよ」
こんな話をしているうちに試合は終了。
俺達は先生のところに集合し、それぞれ教室へと向かった。