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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
番外編『アイシテルと言いたくて』
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(16)後日談 2 SIDE:シャル

 トオルに告白されて、私も自分の気持ちを告げて、私たちは恋人同士になった。

 医学の世界に入る前からも入ってからも勉強と研究ばかりの毎日で、誰かを好きになる余裕なんてなかった。

 ううん、本当は違う。余裕がなかったのは時間的なことではなくて、私の心の問題だった。

 大好きだった家族に見放され、私のことなんてもう誰も愛してくれないと思っていた。

 たとえ愛する人が出来たとしても、その人が私に背を向けて去って行くかもしれないという不安から、誰のことも愛せなかった。

 そんな私に恋人が出来るなんて、まるで夢のようだ。

 トオルに家まで送ってもらって、おやすみのキスをしてもらって、愛してるのハグをしてもらって……。本当に夢見たい。

 トオルと離れるのが名残惜しくて、彼の車が見えなくなるまで見送るなんて、なんだか少女の初恋みたいだ。

 だけど、そんな自分も嫌いじゃない。

 軽くシャワーを浴びた私は、バスローブ姿でベッドに背中からコロンと倒れこむ。そしてボンヤリと天井を見上げながら、左手を顔の前にかざした。

 シンプルなプラチナのリングに、キラキラと輝くダイヤモンドがついている指輪。ベッドヘッドの明かりだけが灯る薄暗い寝室でも、そのダイヤは眩しいくらいに光を放っている。

「指輪、もらっちゃった」

 思わず漏らした言葉には、嬉しさが滲み出ているのが自分でも分かった。


 あの告白劇の後に食事に行き、そしてレストランの近くにある大きな公園を散歩している時、突然トオルが

『今から、指輪を買いにいこう』

 と言い出した。

『…………はぁ?』

 たっぷり間を空けた後、私の口から出てきたのは何ともいえないこの一言。

 驚いたわけでも、嫌悪したわけでも、呆れたわけでもない。優秀と称される私の脳でもこの展開が理解できず、それゆえに何とも間抜けな一言が飛び出してしまったのだ。

 正面に立つ背の高いトオルをボンヤリと見上げ、私はただ瞬きを繰り返す。


―――今、指輪を買いに行こうって言ったのよね?首輪じゃないわよね?いや、首輪を買いに行く方が、もっと意味が分からないけれど……。


 ようやく動き始めた頭で、今しがた彼から聞いたばかりのセリフを反芻する。


―――指輪。指輪…………。ゆ、指輪!?


 釣り目がちな私の瞳がギョッと見開かれる。いつもであれば理路整然とした言葉達が次々と溢れる唇は完全に言葉を失い、酸素を求める魚のようにパクパクと無駄に動くだけ。


―――え?それって、それって!?


 動き始めた頭が再び固まる。

 そんな私の様子に、トオルはフッと短く息を吐き出し、クスクスと笑い出した。

『ははっ、予想通りの反応だ』

 そう言って、全身が硬直している私を優しく抱き寄せる。

『こんなに驚いちゃって。可愛いなぁ、シャルは』

 優しい声で、優しい腕で、私を優しく包むトオル。おかげで少しずつ私の緊張が解けてゆく。だけど、まだ驚きからは立ち直れていない。

『ト、トオル!今、指輪を買いに行くって言った!?』

 アワアワと口を開く私を宥めるように、彼はキュッと更に抱き寄せて、私の髪に頬ずりした。

『言ったよ。とりあえず、エンゲージリングね。ちょっと気が早いかなって思ったけど、俺はシャルしか考えられないから。だったら、早いうちに行動起こしておこうかと』

『行動って!?』

『まぁ、いうなれば“シャルには俺という存在がいるんだぞ”っていう証明。今の俺は平凡な研究員でしかないから、どこぞの大病院の御曹司が横から出てきたら、そうそう太刀打ちできないし。いや、もちろんシャルを譲る気はないから、あがきまくるけど』

 トオルは私をギュッと強く抱きしめて、『俺以外の男に言い寄られても、全部無視してね』と言ってくる。

『なに、それ。私、誰からもモテないわよ。この性格だし』

 ちっとも素直じゃなくて意地っ張りであることは、十分に自覚しているのだ。なのにトオルは私の言い分に取り合わず、クスクスと笑い続ける。

『分かってないなぁ。こんなに一生懸命で真っ直ぐなシャルは、男からしたら可愛くってたまらないんだよ。まぁ、シャルが優秀すぎるから、その辺の男じゃ簡単には手が出せないけど』

『私が可愛い?そんなの知らないし、分からない』

 何を寝ぼけたことを言っているのだと首を傾げれば、

『いいよ。俺は知っているし、分かっているから』 

 そう言って、私の額に軽くキスをしたトオルはやんわりと私を放す。

『だから、指輪を買いにいこう。俺の恋人になってくれたシャルに、プレゼントしたいんだ』

 とびきり甘い笑顔で囁いてくるものだから、私は耳まで真っ赤にして盛大に照れるしかなかった。




「私なんてちっとも可愛くないのに。生意気だし、強がってばかりなのに」

 それでも、トオルは私を好きだと言ってくれる。愛していると抱きしめてくれる。

 かざした指輪を見つめながら、私はクスクスと笑い続ける。

 胸の中には温かくて幸せな感情が詰まっていて、今にも溢れ出しそうだ。

 こんなに穏やかな気持になれたのは、トオルのおかげ。

「トオル、ありがとう。私もあなたが大好き」

 小さな声で囁き、指輪にソッと口付けた。




●日本では婚約指輪を「エンゲージリング」と呼んでいますが、実際に英訳すると「an engagement ring」というそうです。

シャルは米国人ですが、作中では読者様に分かりやすく「エンゲージリング」と表記いたしました。



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