(15)後日談 1 SIDE:徹
●実際は後日ではなく、当日ですがね(苦笑)。おまけ的な雰囲気なので、後日談というサブタイトルに。もしかしたら、後で変更するかもしれません。
意地っ張りで強がりで、だけど本当は素直で優しいシャルリアーノとようやく想いが通じ合った。
彼女に想いを寄せ始めてから成就するまでの期間は短かったが、なにしろ一筋縄ではいかない相手だ。 シャルの性格を考えたら、俺の想いを受け入れてくれたという事実はまさに“ようやく”といって過言ではないと思う。
彼女の性格やこれまでの言動を見ていれば、すんなりと告白を聞いてくれるとは考えられなかった。
シャルの人となりも思いを告げる上での壁ではあったが、同じくらい、医学会の神である“シャルリアーノ・シグノイア”という看板も壁だった。
相手は俺なんかよりもはるかに素晴らしい才能を持っていて、でも、才能に頼ることなく努力をすることを厭うことのない、ストイック過ぎるほどの人物だ。研究者の鏡というべき姿の彼女。
さらに年齢は俺のほうが上だとしても、才能も、知識も、技術も、地位も、何もかもが叶わない存在。
それでも、俺はシャルリアーノをあきらめることが出来なかった。
寄せられる期待に弱さを見せないよう必死で戦う勝気な瞳を、病気で苦しむ患者を助けたいと懸命に立ち向かうあの小さな背中を、俺が守ってあげたかった。
シャルの味方はいるんだよ。
シャルを一人の女性として愛する人がいるんだよ。
そして、ようやく、精神的な大きな隔たりを越えて、俺たちは恋人になった。
俺の腕の中でポロポロ涙を流すシャルがとてつもなく可愛くて、いつまでも抱きしめ続けた。
常に冷静で感情を動かすことのないシャルが戸惑いと嬉しさで目を真っ赤にさせるなんて、可愛い以外のなにものでもない。
ギュウッと抱きしめると『バカ……』と小さな声で囁き、それでも俺の腕の中からは出て行こうとしない彼女。
これまで、こんなに可愛い女性を見た事がなかった。
いや、それはシャルに対していだからこそ、そう感じるのだろう。
チカちゃんももちろん可愛くて大事な女の子だったが、シャルはそれ以上の愛おしさを感じさせる。
腕の中でじっとしているシャルの温もりを実感していると、グゥと腹が鳴った。
「まったく、もう。こんな時にお腹を鳴らすなんて、ロマンチックじゃないわね」
小さく笑いながら、まだ少し涙に濡れた瞳で俺を軽く睨んでくるシャル。が、それと同時に、クルルッと音が聞こえた。
ハッとなったシャルが、瞬時に顔を真っ赤に染める。
「あ、あの、これは、そのっ」
腹の虫の鳴き声を聞かれたシャルは耳まで赤くしてオロオロと視線を視線を彷徨わせた後、バッと俺の胸に額を押し付けて小さく身を縮めた。
そんなことをしても聞こえてしまった音は消えないし、シャルの存在も無くなることもない。
だが、その子供のような行動が、俺にとってはとてつもなく可愛いものに見える。
俺はギュッと彼女を抱きこんだ。
「そんなに恥ずかしがることないだろ。最初に腹の音を聞かれたのは俺なんだし」
クスクス笑いながら、顔を上げようとしない彼女の髪に頬ずりをする。
「これからは色んなシャルを俺に見せてよ。どんなシャルも俺にとっては魅力的なんだからさ。だから、そんなに恥ずかしがらないで」
頬ずりしながら彼女の背中をポンポンと叩くと、シャルが少しだけ体の強張りを解いた。
「……トオルって変わってる」
ポツリと呟くシャルに、苦笑が洩れる。
「そうかな?好きな人のことは何だって知りたいと思うよ」
「かっこ悪いところでも?」
「もちろん。だって、それだけ俺に気を許してくれているって証拠だと思うから」
改めてポンポンと背中を叩くと、大きなため息が聞こえた。
「トオルには敵わないわ。なんだってそんなに寛大なのよ?」
まるで珍獣でも見るかのように不思議そうな顔で俺を見上げるシャルに、俺はまっすぐ視線を向け、
「そんなの決まってるだろ。シャルの事が好きだからだよ」
と、ニッコリ笑って言ってやった。
すると途端にまた耳まで真っ赤になるシャル。
「あ、あ、あ……」
大きな瞳を更に大きく開いて、シャルが口をパクパクさせる。
「シャルの事が大好きで愛しているから、俺は寛大でいられるんだよ。分かった?」
ちょっとだけ意地悪くニッと笑うと、口を開けたままシャルが固まり、そしてまた俺の胸に額をぶつけてきた。
グリグリと額を押し付けながら、ウーウーと小さく唸っている。
俺以外の人が彼女のこの姿を目にしたら、唖然として口が塞がらないかもしれない。あのシャルリアーノ・シグノイアが、まるで駄々をこねる幼い子供のような様相なのだから。
いや、違う。彼女は俺の前だからこそ、このような姿を見せてくれるのだ。
自分だけに許された領域に、俺は心の奥が温かい幸せで満たされてゆくのを感じる。
「そんなに恥ずかしがらないで。まぁ、恥ずかしがっているシャルは可愛くて好きだけどね。どうせなら、笑顔のほうがいいなぁ」
一度強く抱きしめてから、ゆっくりと彼女を解放する。
「夕飯、食べに行こう。俺だって腹ペコだから」
彼女の肩を抱いて扉へと向きを変えれば、
「……お肉が食べたい」
と、ひそやかな声でリクエストされた。
「分かった。今夜はお祝いだから、美味しいステーキ食べよう」
俺がそう言うと、シャルリアーノはおずおずと俺を見上げて、はにかむように微笑んだ。
ああ、やっぱりシャルは可愛い人だ。
仕事中の姿は作り上げた“シャルリアーノ”であるが、本来は素直で可愛くていじらしい、ごく普通の女の子であり、女性であったはずなのだ。
特別な才能を天から与えられたシャルは、神だけでなく、人間からも愛される資格を十分に持っている。
きっと、シャルはこれからたくさんの人に慕われるようになるだろう。いまだって、この研究所の職員は彼女を慕っているのだ。自分から人を遠ざけようとしているシャル自身はおそらく気が付いていないが。
本当に彼女が嫌われている人間であれば、いくら仕事に必要なこととはいえ誰だってシャルに相談などしない。休み時間にまでシャルを追いかけて、話かけたりはしない。
だが、誰よりもシャルを愛しているのはこの自分だ。
それをしっかり彼女に分からせていかないと。
普段は気の強いシャルだが、実は人一倍臆病だ。愛情を受け取る事も表すことも苦手な彼女に、とことん付き合う覚悟は決めてある。それはもう、一生をかけて。
―――食事の後、指輪を買いに行こうと言ったら驚くかな?……驚くよな。
ついさっき告白したばかりなのにそんなことを言い出したら、シャルは間違いなく驚愕する。
しかし、俺の中では彼女とこの先一緒に歩んでいくつもりなのだ。遅かれ早かれ訪れるタイミングなら、早いほうがいいと思う。
―――今度はどれだけ赤くなってくれるかな。
恥ずかしがり屋のシャルがどんな反応を示すのかものすごく楽しみになった俺は、彼女に知られないようにソッと笑みを零した。