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声に出来ない“アイシテル”  作者: 京 みやこ
第3章 初秋  
10/103

(4)体育祭当日

 とうとう本番の日がやってきた。

 朝から雲1つない快晴。爽やかな風が吹いて、体育祭にはぴったりの天気だ。


 俺がエントリーした種目は綱引きだけだから、そんなに目立たない。

 それに、教科書を広げて座っている授業よりも、体を動かせるほうが楽しい。

 今日一日はいい気分で過ごせそうだ。


 ……が、油断はできない。


 席は一応クラスごとにまとまっているけれど、競技が始まってしまえば応援に紛れてクラスも学年も入り混じる事になるだろう。

 そうなると、女子が周りにやってきそうだ。

 

 体育祭という非日常的な雰囲気で、女子達のテンションはかなり上がっている。

 そんな奴等に囲まれてみろ。

 たちまち俺の精神的疲労はマックスになること確実だ。

 なので、俺は周囲をクラスの男子でがっちり固めた席にいた。


 呼ばれても聞こえない振りを貫き、参加した綱引きも地味にこなし。

 残すプログラムは3年のクラス対抗リレーのみ。


 今のところ、友人達のありがたい防護壁のおかげで問題なく競技を見学している。

 俺は不機嫌にもならず、リレーの開始を待っていた。




 競技中に消えてしまった白線を直しているので、始まるまでにはもう少しかかりそうだ。

 のんびりその様子を見ていたら、1人の教師が集まった選手達の所に駆け寄り、何かを話しかけた。

 少しざわついているのが遠目にも分かる。


「何かあったのかな?」

 隣に座る小山が心配そうに見ている。

 そこへ、

「桜井 晃はいるかっ!」

 担任が走ってきた。

「ここです」

 俺は右手を上げた。

 担任は乱れた息を整える間もなく

「この後のリレーに出ろ!」

 と告げた。

「はぁ?」

 いきなりそんなこと言われても、訳が分からない。

 リレーのメンバーはついさっき、全員揃ってスタート地点に向かったではないか。


 すると担任は困った顔で言う。

「アンカーの長瀬の母親が、今しがた交通事故に遭って病院に運ばれたんだ。長瀬は帰らせたから、代わりに桜井が走れ」


―――マジかよ……。


 ケガをした長瀬の親には悪いけど、こっそりため息をついた。



「いや、でも……」

 なかなか立ち上がろうとしない俺の腕を、担任がグッと掴む。

「時間がない。行くぞ!」

「え!?あっ……!」

 その場から強引に連れ出される。

 とたんに周りの女子達が騒ぎ出した。

「桜井君、走るの!?」

「うそぉ。デジカメ持ってくればよかったぁ」

「先輩、頑張ってー」

 耳が痛くなるほどの甲高い声を背中に受けて、俺は担任に引きずられていった。


―――好きで走るんじゃない。頑張るもんか。


 腹の中でブチブチと文句を言いながら、渡されたアンカー用のたすきをかける。


―――ちくしょう。あと少しで目立たないまま1日が終わるところだったのに。


 応援席ではしゃいでいる女子の集団を睨みつける。


―――絶対、絶対、本気なんか出さないからなっ!!


 そして、リレーはスタートした。





 このリレーの着順によって優勝が大きく左右される。

 ちなみに俺達赤分団は現在3位。1着でゴールをすれば逆転優勝できるのだ。

 が、今の俺にはそんなつもりは微塵もない。

 手を抜いているのがバレないようにして、ビリでゴールするつもりだ。優勝なんか知るかっ!


 それに、同じ赤分団の3−2のアンカーが1位になればいいのだ。

 何も俺が頑張る必要はない。


 そうこうしているうちに、第3走者がやってくる。

「やれやれ……」

 俺はかったるそうに(実際、かなりかったるいのだが)レーンに出た。

 3−1は今のところやや遅れて6位。この段階で6位なら、クラスのみんなも諦めているだろう。

 わざと遅く走っても、俺の良心は痛まない。



「桜井、頼むっ!」

 ギリギリで順位を1つ上げた増田が、倒れながら俺にバトンを渡す。

 この時点でのトップとの差は約10メートル。

 アンカーは200メートルのグランドを1周する事になっていて、俺の足なら逆転するのも可能だろう。

 でも、目立ちたくない俺はそこそこのスピードでゴールを目指した。



 その時、俺の視界にひときわ大きなポンポンの揺れる様子が目に飛び込んできた。



 彼女は小さな体を全部使って、一生懸命に応援している。

 もちろん声は聞こえないけど、口の形で“桜井先輩、頑張れ!”と言っているのが分かった。


 その瞬間、俺の意識から余計な考えが消える。


 かったるいとか。

 目立ちたくないとか。


 そういった事がすべて吹っ飛んだ。


 先頭走者との差は更に開いていて、今では15メートルも離されていた。


「くそっ」

 俺は一言吐き捨てて、一気にスピードを上げる。


 自分でもどうしてこんな事をしているのか、全く分からなかった。

 

 ただ、必死で俺のことを応援してくれているあの子に、いい加減な自分の姿を見せたくない。

 そう思った。



 トップを走る背中を睨みつけ、無我夢中で走る。

 ワァッッと大きな歓声が上がった時には2位になっていて、その差は5メートルにまで縮まっていた。

 だが、相手もアンカーだけあって、なかなか追いつけない。


 残る距離は100メートルを切った。



―――このまま終るのかっ!?


 諦めかけた俺は、ゴールに集まったクラスメートの中に彼女の姿を見つけた。

 小山の横で誰よりも大きなポンポンを振って、俺を呼んでいる。


“桜井先輩、桜井先輩!”


 声のない声援が俺の心に大きく響いた。



―――しっかりしろ。まだ、頑張れる!


 歯を食いしばって懸命に足を動かす。


 あと3メートル。


 あと1メートル。


 あと少し……。



 並んだっ!!


 更に歓声が上がる。

 はるか後方にいた俺がすぐ横にいた事に驚いた7組の田中。

 その一瞬の隙に俺は前へ出た。


「キャー、桜井君!」

 悲鳴のような歓声が校庭を覆う。

 その大音響にも耳を貸さず、ひたすらゴールを目指す。

 田中もすぐに気を取り直し、俺に並んできた。

 お互い一歩も引かない。


 ゴール手前10メートルで、俺達は壮絶なデットヒートを繰り広げる。


―――こんちくしょう!


 最後の力を振りしぼって、ほぼ同時に俺達はゴールテープになだれ込んだ。



―――どっちが勝った!?


 地面の上で大の字になり、ゼイゼイとあえぐ。

 そこに結果を知らせるアナウンス。


「ただいま行われたリレーの結果をお伝えします。1位は……、3年1組!」

「やったぁっー!」

 俺を取り囲むみんなが、これまでにない歓声を上げる。

 仰向けになったままその様子を見ていると、小山に腕を引っ張られた。

「立てるか?」

「ああ。なんとか」

 こんなに必死に走ったのなんて久しぶりだ。情けない事にヒザが震えてる。

 支えられて立ち上がると、クラスも学年も入り混じったみんなから拍手が送られる。


 たくさんの人の中、俺は無意識にあの子の姿を探した。

 1年生の彼女は3年と2年の波から外れたところに友達と立っていて、熱心に拍手をしている。


―――そんなに叩いたら、手の平がかゆくなるのになぁ。


 嬉しそうな彼女の顔に、俺も嬉しくなる。

 クスッと笑みが漏れた。




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