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未来ノート

作者: PON吉
掲載日:2026/06/30


俺は中古書店で一冊の小説を買った。

誰かの手垢が残る古びた本。

時間を潰すにはちょうどいい。


子どもの頃に読んだ懐かしい作品だ。

家に帰り、本を開くと、一冊の小さなノートがページの間から落ちた。


表紙には、こう書かれている。


『未来のノート』


「なんだこれ?」

拾い上げた、その時だった。


玄関の扉が開く音がする。

学生時代から付き合っている彼女が帰ってきた。

家に帰るなり、彼女はまた結婚の話を匂わせる。


自分が結婚して、子どもを育てる。

そんなのは想像もつかなかった。


どこかで覚悟を決めなければとは思っている。

けれど、その問題をずっと先延ばしにしていた。


「もっと俺が稼げれば、とっくに結婚してるよ」

お決まりの台詞を笑いながら言い放つ。


稼げないのは景気が悪いからだ。

そんな言い訳を並べ、今回も話を逸らした。



ある休日の朝。

彼女は不安そうな表情で俺の前に立ち、

「私には、もう時間がない」

と静かに言った。


また結婚の話か。

そう思った瞬間、うんざりして口論になった。

なぜ彼女は、こんなにも結婚を急ぐのか。


長い間付き合ってきた。

責任を取らずに逃げるつもりなんてない。


それなのに信用されていない。


そう思えば思うほど、未来の話に耳を塞いでしまう。


俺は話から逃げるように部屋へ入った。


狭い一室。


壁一面に並ぶ小説。


積み上げられた本の上には、この前の小さなノートが無造作に置かれていた。


何気なくページをめくる。

今日の日付。

そこにはニュースのトピックスのような短い文章が並んでいた。


次のページも。

その次のページも。


「なんだよこれ」

鼻で笑い、そのままゴミ箱へ放り投げる。

しかし、その日起きた出来事は俺に衝撃を与えた。


未来のノートに書かれていた内容が、そのままニュースで流れたのだ。


慌ててゴミ箱から未来のノートを拾い上げる。

その日を境に、俺の人生は変わった。


莫大な金を手にした。


金を手にすると行動範囲が広がった。


美女にも囲まれた。


自信もついた。


そして――口うるさかった彼女は去った。


別に構わない。

今の自分には、もっと釣り合う女が現れる。


そう思っていた。

それなのに。


贅沢な暮らしを送るほど、あの狭い部屋を思い出す。


目の前の美女が微笑むたび、不安そうな彼女の顔が脳裏をよぎる。


そして決まって、その後には学生時代から続いた他愛もない会話。


俺の話を楽しそうに聞く彼女。


腹の底から笑い合った日々が鮮明によみがえる。

気づけば俺は地元へ戻っていた。


懐かしい景色。

変わったもの。

変わらないもの。


昔の面影を残す街並み。


俺は何をしてるんだ。


何がしたかったんだ。


こんなに金があるなら、すぐにでも彼女と結婚できたじゃないか。


金がなくても。

あの時ちゃんと向き合って、話を聞いていれば...。



謝ろう。

彼女が許してくれるまで。

戻ってきてくれるなら、他には何もいらない。


『もう一度、話をしたい』

俺はメッセージを送った。


鳴らないスマホを何度も見返しながら帰宅し、溜め息を吐きながらテレビをつける。


未来のノートに書かれていた事故がニュースで流れていた。


今までのトピックスとは、明らかに毛色が違う。


だが、その時の俺には他人事だった。

「今日はこれだけか」

今朝、読み飛ばした未来の惨事。


画面には、八年前に東京へ来て初めて二人で訪れた場所が映る。


背伸びしてプレゼントしたネックレス。

あの時の彼女の笑顔が浮かぶ。


次の瞬間。

その事故に巻き込まれた人物の名前が読み上げられた。


画面から目を逸らす事ができない。


アナウンサーの声だけが、広く冷たい部屋に響いた。


表示された氏名、年齢。


なんで……彼女の名前が……。


八年前。

今日と同じように寒い日だった。


「11月22日は、私にとって最悪の日だと思ってたけど……」


「記念日になったよ。大切にするね」


そう言って笑いながらネックレスをつけた彼女。


遠い記憶。

あの時、その言葉が引っかかってたのを覚えている。


11月22日――。最悪な日。


スマホの待ち受け画面には11月22日と大きく表示されている。


そこへ新着の通知が表示される。


『もう、会えない。さようなら』


それは未来ミクから届いた、最後のメッセージだった。


テーブルの上に置かれた『未来のノート』を、震える手でめくる。

11月22日、次のページは――

すべて真っ白だった。


「……なんでだよ」


次のページも。

その次のページも。


何度めくっても、一文字も書かれていない。

ノートの表紙の裏の小さな文字が目に入る。


『運命が変わりますように。未来』


今更思い出す。


それは学生時代、何度も見てきた。

彼女の字だった。


いつから、未来は自分の運命を知ってたんだ?


俺と結婚すれば運命は変えられたのか?



なのに俺は――。



ニュースの死亡者数が1人増える。



それと同時に、俺は未来を失った。



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