1536年。三月一週目 島津で盤上を読む
三月一週目。
島津家の広間。
八郎は安芸から持ち帰った情報を、盤上に駒を置きながら順番に説明していた。
「まず、大内さんが尼子さんを攻めました」
「そこは知っとる」
島津忠良が頷く。
「大軍で月山富田城まで行ったんやろ?」
「はい。ただ、兵站が伸びすぎました」
尼子経久は正面から決戦せず、外側の城を少しずつ明け渡した。
大内軍を奥へ引き込み、米、塩、薪を運ぶ距離を伸ばす。
「最後は尼子さんが勝った、と」
「大内は安芸へ逃げた」
「そうです」
八郎は駒を安芸へ動かした。
「しかも経久様は、ただ追いかけたんじゃないです。日和見してた安芸の地侍に、
大内の敗残兵を狩らせる形を作った」
「嫌らしいな」
「なかなかの癖者ですよ」
八郎が感心したように言うと、貴久が笑った。
「婿殿に言われたないと思うぞ」
「いや、だから話合うんですって」
「認めるんかい」
笑いが起きる。
「ただ、組み立て方が違います」
八郎は自分の駒を置いた。
「僕はそこまで読んでたんで、間に一万五千置きました」
「さらっと言うな」
「結果、大内本隊の四千と、安芸国人衆の二千を尼子さんから返してもらいました」
「その代わり?」
「安芸の半分ほどは、うちが面倒見る形です」
「やっぱり取っとるやないか」
「面倒見るんです」
夏姫が横から呆れた顔をする。
「旦那様、その言い換え誰も信じてませんよ」
「ほんまなんですけどねえ」
八郎は続けた。
「問題は、大内の四千です」
経久は捕虜たちへ、陶興房だけは撤退の危険を理解していたと繰り返し話した。
「帰ったら陶様に礼を言え、とまで言うてます」
忠良の目が細くなる。
「旗を立てたんやな」
「僕もそう見ます」
敗戦で気落ちする大内義隆。
対して、兵を生還させた陶興房。
「今は陶様自身も困ってると思います。でも、帰還した兵が陶家を見るようになる」
「そのまま何か起きると?」
「まだ分かりません」
八郎は首を振った。
「でも僕が経久様なら、もう一押しします」
「例えば?」
「石見です」
尼子と大内が向き合う境目。
「小さな城一つでええんです」
地侍同士の争いでもいい。
尼子寄りの国人が襲われたでもいい。
大内方へ寝返った者が出たでもいい。
「理由は何でもええんですよ」
「城一つ揉めさせる?」
「はい」
そこへ、
『尼子が攻めてくる』
『内応者がいる』
という噂を流す。
「大内は兵を出さなあかん」
「誰に率いさせる?」
「陶様か、陶家の誰かでしょうね」
忠良が少し笑った。
「そこで勝たせるんか」
「小さく勝たせます」
城を一つ取り返す。
敵を少し追い払う。
「それだけで『やっぱり陶様や』ってなります」
兵が湧く。
若い侍も集まる。
本人まで少しその気になるかもしれない。
「その勢いで大内家中が割れたら?」
「経久様は笑って見てるだけです」
「えげつないな」
「僕はやりませんよ」
「ほんまか?」
「僕は下からです」
農民の借金を減らす。
仕事を作る。
商会を入れる。
「経久様は上から割る。僕は下から固める。そこが違います」
貴久が頭をかいた。
「結局どっちも怖いやないか」
「そんなことないですって」
八郎はさらに九州へ駒を移した。
「で、もし陶家が大内の実権を握った場合です」
勢力を一気にまとめた者は、次に戦果を欲しがる可能性がある。
「九州へ来る?」
「あります」
「どこへ?」
「一番ありそうなのは大友さん側です」
大内が従来持っていた北九州の権益を考えれば、戦果を求めて九州へ出る理由はある。
「もちろん、うちの側へ来る可能性もゼロじゃないです」
貴久の顔が真面目になる。
「城一つ二つなら、突然落とされる可能性もある?」
「あります」
「兵力で負けなくても?」
「最初の一撃は別ですから」
だから準備する。
「薩摩、大隅、それから肥後。いつでも兵を出せる状態だけ作ってください」
「何人ぐらいや?」
「僕が本拠へ帰ったら、肥前・肥後にも声をかけます」
前で二万。
その後ろでもう二万。
「四万を二段で動かせたら、かなり早いです」
「戦する気満々やないか」
「しないための準備ですって」
「またそれか」
忠良が笑った。
「大友には知らせんのか?」
「まだ停戦中ですし、別の家ですからね」
八郎は首を振る。
「こっちから口を出す話ではありません。ただ、停戦期間がまだ残ってるなら、
大友さん自身が整える時間はあります」
盤上には、尼子、大内、陶、大友、島津、そして八郎の駒。
「少なくとも」
八郎は大内の駒を見た。
「今の大内さんだけで、この騒ぎを収め切れるようには見えません」
「そこまで言うか」
「この前の会談でも、結局、話を回してたのは経久様と僕でしたから」
「婿殿」
「はい?」
「ほんま、どっか未来見てきたんちゃうか?」
「いやいや」
八郎は笑った。
「こうならんかったらええな、を順番に並べてるだけですよ」
夏姫がため息をつく。
「それが大体当たるから、みんな怖いんです」
「当たらん方がええんですけどね」
八郎は最後に盤上を見回した。
「とりあえず、今は戦いません」
「うむ」
「でも、立ち上がる準備だけはお願いします」
忠良と貴久が顔を見合わせ、ゆっくり頷いた。
「分かった。婿殿の読みが外れることを願いながら、準備だけはしとこう」
「それが一番です」
八郎はそう言って、盤上の駒を一つずつ片付け始めた。




