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1536年。二月三週目 安芸を回し始める

 二月三週目。

 大内、尼子との大枠の話がまとまり、八郎はようやく安芸へ到着した兄たちと顔を合わせていた。

「お疲れさまでした」

「お前なあ」

 一郎が開口一番、呆れた顔をする。

「また大きい話だけ決めて、細かいところ俺らに投げるやろ」

「いやいや、役割分担ですよ」

「安芸十万石ほど商会入れます。国人衆二千人助けました。ほな後よろしく、やろ?」

「そう言われるとひどいですね」

「そのままや!」

 笑いが起きる。

 八郎は安芸の絵図と帳面を広げた。

「でも、ここからが大変なんですよ」

 八郎商会の店を作る。

 市を整える。

 農民、町民、商人と話す。

 戦で荒れた村を見て、借金の帳面を集める。

「敗戦直後ですからね。いきなり九州と同じようには回りません」

「そらそうやろな」

「借金の仕組みも、一軒ずつ帳面見なあかんし」

 三郎も頷く。

「飯もいるな」

「お願いします。炊き出しだけやなく、安く売れる飯も考えてください」

「結局俺は飯か」

「三郎兄さん、得意でしょう?」

「まあな」

 八郎はさらに続けた。

「物資はもっと入れます。帰りながら各地へ文を出します」

 米。

 味噌。

 塩。

 干魚。

 薬。

 布。

 農具。

「最初は物量で支えた方がええです」

「兵はどうする?」

「一万五千は、もう少し置きます」

「全部?」

「ここ数週間は」

 治安が完全に落ち着いたわけではない。

 尼子との境も固まっていない。

 大内系だった国人衆も、八郎側へ完全に馴染んだわけではない。

「徐々に返します。その費用も当然計上してください」

「また銭飛ぶぞ」

「飛びますねえ」

「他人事みたいに言うな」

 さらに尼子へ払う二億文もある。

「ほんま二億出すんやな」

「約束しましたから」

「今の八郎商会やから言える金額やぞ」

 一郎が苦笑する。

「俺ら、昔の感覚やったら二億文なんて聞くだけで倒れるわ」

「皆さんも今は八郎領の柱でしょう」

「おだてても何も出えへんぞ」

「ほんまですよ」

「俺らは八郎の兄ちゃんやっただけや」

「そうそう。お前の船に乗っとるだけや」

「その船を動かしてるの兄さんらですよ」

「またそういうこと言う」

 文句を言いながらも、兄たちはすでに動き始めていた。

 三郎は炊き出し。

 他の兄たちは商会、市、農地、帳面。

 八郎はその様子を確認しながら、少しずつ帰り支度へ入る。

 その夜。

 夏姫たちと、大内の三女を交えて飯を食べた。

「なんとなく仲良くなったみたいで、よかったです」

 八郎が言う。

「なんとなく、とは何です?」

 夏姫が睨む。

「いらんこと言わなくてよろしいです」

「はい」

 三女がくすくす笑った。

 八郎はその三女へ尋ねる。

「姫君から見て、大内はどうです?」

 三女の表情が少し真面目になる。

「今回は完全に、尼子経久様と八郎様の手のひらの上だったと思います」

「僕まで?」

「入っています」

 父・義隆は敗戦でかなり気落ちしている。

 陶興房は撤退戦では功労者だったが、今回の外交では十分ではなかった。

「交渉だけなら、姫君が一番働いたかもしれませんね」

「でも私は、こちらへ来てしまいました」

「それは……まあ」

「ですから」

 三女が笑う。

「将来、私に子ができましたら、その辺うまくしてくださいね」

「まだまだ先ですよ!」

「そこはまず、私との調整が先でしょう?」

 夏姫が即座に入ってきた。

「ほら来た」

「旦那様?」

「うちをそんな堅苦しい家にするのやめてくださいね」

 八郎は両手を合わせる。

「皆ちゃんと大事にしますから」

「六歳が何を背伸びして言ってるんですか」

「もう六歳です!」

 笑いが広がった。

 やがて話は再び絵図へ戻る。

「島津はもう、かなりうちの大きな傘の中にいます」

「大友と大内は?」

「まだ分かりません」

「三好は?」

「今のところ敵。ただし一年休戦中」

「尼子は?」

「今回ので不可侵」

 八郎は東を見る。

「となると、次に考えるのは東へどう動くか。それとも大友、大内との停戦が切れた後を

 どうするかですね」

「また先の話ですか」

「先を見るの大事ですから」

 とはいえ、今すぐ大きく動くつもりはない。

 まず安芸。

 市を回り、村を見て、困っている者へ飯を配り、帳面を集める。

「いきなり全部変えたら反発されますから」

「珍しく慎重ですね」

「いつも慎重ですよ」

「どの口が言うんですか」

 翌日から八郎たちは、安芸の村と町を少しずつ回った。

 飯を配る。

 傷んだ道を見る。

 借金を聞く。

 商人の不満を聞く。

 何が売れ、何が足りないかを帳面へ書く。

 十万石を一気に八郎色へ塗るのではない。

 一つずつ。

 ゆっくり。

 それでも確実に。

 安芸にも、八郎商会の仕組みが回り始めようとしていた。

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