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1536年。二月一週目 安芸での合流と、三者会談の前夜

 二月一週目。

 八郎はようやく安芸へ入り、先に展開していた一万五千の軍勢と合流した。

「皆さん、お疲れさまでした」

 八郎が陣へ入ると、隊長たちが一斉に頭を下げる。

「八郎様、ご無事で」

「四国からわざわざ来てもらって、ありがとうございます」

「いえ。我らは訓練の延長のようなものでございましたので」

「それでも一万五千人ですからね」

 陣の周囲には、すでに大きな炊き出し場ができていた。

 大内の敗残兵。

 安芸の国人衆の兵。

 怪我をした者。

 武具を失った者。

 そうした者たちが順番に飯を受け取り、傷の手当てを受けている。

「ちゃんと食わせてもらってます?」

「はい。米、味噌、干魚はまだ余裕がございます」

「薬は?」

「そこが少し心細いです」

「分かりました」

 八郎はすぐに書状を書かせた。

「日向、大隅、それから四国へ」

「何を送らせます?」

「米、味噌、塩、干魚、布、薬。多めに」

「またでございますか」

「まだ終わってませんからね」

 さらに兄たちへも書状を出す。

「全員来なくてええです。何人かお願いします、と」

「商会の立ち上げですか?」

「はい」

 農業。

 料理。

 市。

 帳面。

 安芸で動き始めるなら、八郎一人では手が足りない。

「三郎兄さんなんかは、たぶん来るでしょうね」

「飯ですからな」

「一郎兄さんか次郎兄さんも、農業を見るのに一人は欲しいです」

 そう話しながら八郎は陣の中を歩いた。

「まずは兵を休ませましょう」

「明日にも動きますか?」

「戦うためには動きません」

 八郎は尼子方の陣がある方角を見る。

「明日、尼子の当主と会います」

 周囲の空気が少し変わった。

「尼子経久殿と?」

「はい」

 大内側の使者も同行している。

「今回は、尼子と八郎家だけの話ではありませんからね」

 攻めた大内。

 勝った尼子。

 途中へ入った八郎。

「三者で一回、方向だけでも決めましょう」

 大内の使者も頷いた。

「我らとしても、捕虜や賠償の話は避けて通れませぬ」

「そこですね」

 その夜。

 八郎は軍事の責任者、帳面係、商会の者たちを集めた。

 安芸の絵図が広げられる。

「明日の話ですが」

 八郎は海沿いを指でなぞった。

「こちらとしては、主にこの辺りです」

「瀬戸内側ですか」

「はい」

 大内の傘下だった安芸の国人衆。

 そのうち、とりわけ海沿いで八郎商会とつながりを作りやすい家々。

「この人たちの面倒を、こっちで見る形にしたいです」

「八郎家の傘下へ?」

「そこまで一気に言うかは、明日の話次第です」

 まずは八郎商会を入れる。

 市を作る。

 港を使わせてもらう。

 借金の帳面を合わせる。

「それだけでも十分です」

「十分に聞こえませんけど」

「なんでですか」

 笑いが起こる。

「尼子側は、どう出ると?」

「たぶん大内へ銭を求めるでしょうね」

 出兵費。

 籠城費。

 城の修繕。

 兵糧。

 地侍への銭。

 そして捕虜。

「捕まえた兵を返す代わりに、何か出せという話になるでしょう」

「土地も?」

「あり得ます」

 八郎は頷いた。

「だから、こっちは銭を出してもええと思ってます」

「八郎家から?」

「条件次第です」

 一同が八郎を見る。

「銭で済むものは銭で済ませる」

「その代わり?」

「土地とか、商売する権利とか、今後残るものを取ります」

 帳面係が苦笑した。

「また八郎様らしい話ですな」

「土地は増えますけど、銭はまた稼げますから」

「さらっと言いますね」

 八郎は気にせず続ける。

「例えば尼子が捕虜返還に一億文欲しいと言うなら、その一部をこちらが出す代わりに、

 安芸の国人衆をこちらの保護下へ入れる、とか」

「大内は飲みますか?」

「それを明日話すんです」

 大内の使者が少し苦い顔をした。

「我らとしては、簡単に安芸を手放すとは言えませぬぞ」

「もちろんです」

 八郎はあっさり答えた。

「だから三者で話します」

 取りすぎれば大内が納得しない。

 尼子に渡しすぎれば、八郎が一万五千を出した意味が薄い。

「真ん中探しましょう」

「六歳児が一番大人みたいなこと言うてますな」

「もう六歳ですよ」

 再び笑いが起こる。

 八郎は最後に軍の責任者を見る。

「明日は兵を動かさないでください」

「尼子側が動いた場合は?」

「守るだけ」

「攻めない?」

「はい」

「交渉中ですからね」

 そして帳面係へ。

「銭勘定できる人は、明日全員近くにいてください」

「承知しました」

「一億文、二億文って話が出ても、その場で計算できるように」

「その額を軽く言われると怖いんですが」

「もう慣れましょう」

「慣れたくありません」

 夜は更けていった。

 一万五千の兵は飯を食い、傷ついた大内兵も同じ釜の飯を受け取る。

 その少し先では尼子軍も陣を張っている。

 明日。

 大内。

 尼子。

 八郎。

 三者が初めて、戦の後をどう分けるか話す。

 八郎は絵図を畳みながら、小さく呟いた。

「出すものは出します」

「はい」

「でも取るものは取りますよ」

 周囲が顔を見合わせた。

「やっぱりそこですか」

「そらそうでしょう」

 八郎は笑った。

「戦わずに済むなら、銭で話つける方が安いですからね」

 明日の会談は、刀よりも帳面が物を言う戦になりそうだった。

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