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1535年。十二月三週目 年末の催しと、安芸へ向けた一万五千

 十二月三週目。

 月山富田城では大内軍と尼子軍がにらみ合いを始めていたが、八郎領では年末らしい

 空気も広がり始めていた。

「今年も皆さんよう働いてくれましたからね」

 八郎は各地へ書状を出させた。

「年末ぐらい、ちゃんと遊んでください」

 相撲。

 弓。

 料理。

 酒。

 子供向けの催し。

 囲碁や将棋も、できるところから試してみる。

「借金返して、年末まで働いて、最後まで訓練だけでは嫌でしょう」

「八郎様が一番仕事増やしておりますが」

「僕は楽しいですよ」

「それは結構でございます」

 そんな中、帳面係から別の報告が上がった。

「安芸へ向けて準備している一万五千の兵についてでございます」

「はい」

 四国の一万。

 薩摩、大隅から二千五百ずつ。

 合計一万五千。

「今のところ、戦をせず、訓練と待機、船や物資の準備だけであれば、

 一週およそ千五百万文で収まりそうです」

「毎週?」

「毎週でございます」

「じゃあ千五百万文は、もう必要経費と思っときましょう」

 八郎はあっさり言った。

「何週間待たせるおつもりで?」

「二、三か月ぐらいは見てます」

「……それなりの額になりますぞ」

「何も起きなかったら訓練費です」

「起きたら?」

「安芸に行く費用です」

 夏姫が横から顔を出した。

「旦那様。また怖いこと言うてますね」

「いやいや、僕から戦するわけじゃないですよ」

 大内軍については、その後まだ決定的な報告はない。

 月山富田城まで進み、包囲を始めた。

 だが城が落ちたという話もなければ、大内軍が崩れたという話もない。

「なら一万五千はこのまま?」

「待機です」

 八郎は安芸から出雲までの絵図を広げた。

「僕の予想では、二、三か月以内に何か大きく動くと思います」

「大内が勝つか、尼子が勝つか?」

「そこまでは分かりません」

 八郎は首を振った。

「ただ、このままずっと二万近い兵を冬の山で置いとくのは難しいでしょう」

 その時、安芸が揺れる。

「そこへ入る?」

 夏姫が聞く。

「入れるなら」

「ほら怖い」

「でも考えてくださいよ」

 八郎は今度は大内の姫君を見た。

「もし大内軍が大きく負けたら、尼子がそのまま安芸へ来る可能性ありますよね」

 安芸の国人衆は、全員が強固な大内方というわけではない。

 大内寄り。

 尼子寄り。

 中立。

 情勢を見て態度を変える家もある。

「大内が弱ったって分かった瞬間に、昨日まで大内方だった人まで尼子へ行くかもしれません」

 大内の姫君の表情が曇った。

「安芸が、そのまま尼子のものになると?」

「可能性はあると思います」

「だから八郎家が入る?」

「前にも話しましたけど、それなら大内にとっても悪いことばっかりじゃないです」

 尼子が一気に西へ来る。

 それを八郎軍一万五千が瀬戸内側で止める。

「少なくとも、そこで一回流れをせき止められます」

「ですが……」

「もちろん、大内軍が普通に勝って帰ってくるのが一番ですよ」

 八郎はすぐに付け加えた。

「そしたら何もせず、一万五千人には年末の餅でもいっぱい食べてもらいます」

「本当にそう思ってます?」

 夏姫が疑わしそうに見る。

「思ってますよ」

「その割に安芸の絵図ばっかり見ておりますけど」

「備えですよ、備え」

 八郎は苦笑した。

 三好との休戦もまだ続いている。

 その間なら、四国の兵を安芸側へ向ける余裕もある。

「三好さんとの休戦が切れてからでは、こんなことできませんからね」

「やっぱり安芸へ入る気やないですか」

「機会があれば、ですよ」

 また夏姫が呆れた。

「旦那様の『機会があれば』は怖いんです」

 だが八郎は、大内軍について一つ気になっていた。

「順調すぎるんですよね」

「勝っているのが?」

「はい」

 小城を次々に取っている。

 大きな敗北もない。

 だからこそ、大内軍は奥まで進んだ。

「こういうのって、負け始めた時の反動が大きいんですよ」

 勝つと思っていた兵。

 帰れると思っていた兵。

 尼子は逃げるだけだと思っていた武将。

 その思い込みが崩れれば、一気に士気が落ちる可能性がある。

「なので今は何もしません」

 忍びの報告を待つ。

 船を整える。

 一万五千を鍛える。

 炊き出し用の米も確保する。

「じっくり見ましょう」

 そう言った八郎の周囲では、その日の夕方から年末の催しが始まった。

 相撲の掛け声。

 子供たちの笑い声。

 焼いた味噌の香り。

 酒を酌み交わす侍たち。

「今年も終わりですなあ」

「平和でええですねえ」

 皆が笑う。

 夏姫も楽しそうに酒を眺めている。

 だが、その場で一人だけ、大内の姫君は完全には笑えなかった。

 父の軍は今、遠い出雲で城を囲んでいる。

 勝てば何も起きない。

 だが負ければ。

 安芸には尼子が入り、その前には八郎が一万五千を用意している。

「……八郎様」

「はい?」

「本当に、何も起きなければよいですね」

「僕もそう思います」

 八郎は穏やかに答えた。

 その言葉に嘘はなかった。

 ただし、何かが起きた時の準備だけは、もうほとんど整っていたのであった。

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