1535年十一月二週目 肥前巡回の終わりと、次の仕組み。琉球使節団待ち
十一月二週目。
二週間ほどかけた肥前巡回を終え、八郎一行はようやく本拠へ戻ってきた。
「いやあ、長かったですね」
「八郎様が一か所一か所で話を聞かれるからです」
「でも二週間で帰ってきたでしょう?」
「全部回り切れておりませんが」
「そこは皆さんに見てもらいましたから」
八郎は笑いながら、巡回中に集まった帳面や報告書を机の上へ積ませた。
成果は多かった。
松浦、有馬方面の港は、思っていた以上に使える。
博多方面へ向かう船。
九州西岸を行き来する船。
魚、塩、米、酒、布なども盛んに動いている。
「相場表は、もう少しきっちり揃えたいですね」
「各港で米一俵いくら、塩はいくら、と?」
「はい。それと、いつの値段かも書いてください」
値段は変わる。
豊作なら米は下がるし、船が遅れれば魚や塩が上がることもある。
「昨日の相場を一月後まで信じたら駄目ですからね」
「そこまで細かく?」
「細かい方が商人は助かるでしょう」
目安箱も各地へ増やした。
困りごと。
不正。
こんな催しをしてほしい。
こんな商売があれば便利。
そんな声を集める仕組みも、肥前では少しずつ形になり始めていた。
さらに宴席を使った若い者同士の顔合わせも、思っていた以上に成果があった。
「三組ぐらい、文のやり取りを始めたいそうです」
「もう?」
「はい」
「早いですねえ」
「八郎様が毎晩あちこちで話を振られるからです」
「きっかけ作っただけですよ」
龍造寺、松浦、有馬。
肥後や島津系の家。
それぞれの若い者同士に少しずつ縁ができ始めている。
「これは続けてもいいですね」
「婚姻政策として?」
「そこまで堅く考えなくていいですよ」
気が合えば文を送る。
また宴会で会う。
それから家同士で話す。
「順繰りでいいでしょう」
一方で、良いことばかりではなかった。
「問題も結構ありましたね」
八郎が別の帳面を開く。
ある市では帳面の書き方が雑だった。
仕入れた量と支払った銭が微妙に合わない。
別の小さな商家では、一つの家に仕事が集まりすぎている。
「仕入れも、運搬も、店番も、全部親戚?」
「ほぼそうでございます」
「それはちょっと怖いですね」
悪いことをしていなくても、確認する人間まで同じ一族なら、問題が起きた時に分からない。
さらに港では、荷の積み下ろしを地元の一族がほぼ独占している場所もあった。
「昔からやってきた家なんでしょうけど」
「急に外せば揉めますな」
「外さなくていいです」
八郎は首を振った。
「でも他の人も入れるようにしましょう」
一族を潰す必要はない。
ただし、仕事を独占させ続ける必要もない。
「例えば八割やってたのを、少しずつ六割、五割にして、新しい人も入れるとか」
「時間をかけて?」
「はい。いきなり全部変えたら敵を作りますから」
横領なら処罰すればいい。
だが昔からの慣習が原因なら、仕組みを少しずつ変える。
「今回分かったのは、悪い人だけ探しても意味ないですね」
「と言いますと?」
「悪くなくても、仕組みが悪かったら問題起こりますから」
八郎は巡回で出た問題を並べた。
帳面が雑。
権限が一人へ集中。
港の独占。
道が悪い。
催しが少ない。
逆に本拠より上手くやっている例もあった。
「全部一覧にしましょう」
「良い例も悪い例も?」
「はい」
こういう場合は二人で帳面を見る。
港の仕事は複数の家に分ける。
相場表は定期的に更新する。
目安箱は誰でも入れられる場所へ置く。
「それを巡回する人たちの基準にしてください」
「八郎様がおらずとも?」
「そこが一番大事です」
八郎は少し真面目な顔になった。
「僕が毎回二週間かけて回るなんて無理でしょう」
「今回は肥前だけでしたからね」
「九州も四国もありますから」
八郎が一人で領地を見て回る。
それでは領地が広くなるほど破綻する。
「僕がおらんでも、同じように良いところと悪いところを拾えるようにしたいんです」
「巡回役を育てる?」
「そうですね」
市を見る者。
帳面を見る者。
農民の話を聞く者。
催しを見る者。
「何人かで組ませた方がいいでしょう」
それぞれが十個ずつ気付きを持ち帰る。
そして本拠でまとめる。
「これなら、僕が行かなくても回ります」
「八郎様、ようやく楽されるので?」
「いや、僕は別のところ見ます」
「やはり楽する気ないじゃないですか」
笑いが起こった。
そこで八郎は、ふと思い出したように南の方角を見る。
「そういえば」
「はい?」
「琉球へ送った視察団、そろそろ何か返ってきませんかね」
二百人規模。
商人、帳面役、農業を見る者、市場運営を知る者。
「港はどうなのか」
「農民の暮らしは?」
「米はいくらか」
「借金は?」
「八郎商会が入り込める余地が――」
「八郎様」
「はい?」
「また言い方が怖いです」
「交易で協力できる余地ですよ」
「本当でしょうね」
「まずは」
「その『まずは』が怖いのです」
八郎は笑った。
肥前巡回は終わった。
良いものも見えた。
悪いものも見えた。
そして何より、八郎本人がいなくても領地を見直せる仕組みを作るという、次の課題も見えた。
「まあ、肥前は一旦これで」
八郎は帳面を閉じた。
「次は琉球の報告を待ちましょう」
九州の内側を一つずつ固めながら、八郎の目はすでに海の向こうへ向かっていたのであった。




