第一章
お笑い芸人のハッピー間山は売れない芸人だった。一応養成学校では将来を期待されたものの、卒業後、プロになると鳴かず飛ばすだった。同期の芸人がだんだん売れていくのに、ハッピー間山はテレビ局や演芸場から声は掛からなかった。それでもお笑いが好きで続けていたが、お笑いでの収入はほとんど無く、生活は苦しいままだった。売れていた同期の芸人は家族を持つようになった。ハッピー間山はバイトに明け暮れている。故郷の親からも「もう諦めて帰って来い」と言われたが、かえって意地になって芸人を続けた。養成学校を卒業して15年、ハッピー間山は35歳になっていた。この芸人人生15年でテレビに出たのは3回だけだった。しかも噛ませ犬的な役回りで。ある時、久しぶりにテレビ局へオーディションを受けに行った。年下のディレクターからのダメ出しは強烈だった。
「今まで何やってたの?」
「それが芸?」
「何をやりたいの?」
「単純に面白くない。」
「センスがない。」
芸人生活15年でトップクラスの否定を受けた。さすがにハッピー間山は心をぶち壊された。どうやって帰ったか覚えてないが、途中でホームセンターで紐を買った。家に帰ると何気なく持っていた紐で首を吊った。
翌日には後輩が、時間になってもあらわれない、ということで、大家さんに鍵を開けてもらったことで死体が発見された。全てを悟ったような神々しい死に顔だったらしい。すぐに実家に連絡が行き、両親が飛んで来た。実家で葬式を行うらしく、死体は両親の車で運ばれた。両親は無言だった。父親は「この親不孝が!」というセリフを吐こうと思ったが、ハッピー間山は両親との関係は良好だったので、父親はその言葉は発しなかった。母親が
「お父さん、健二は頑張ったんですよ。好きなお笑いをずっとやれて幸せだったんじゃないですか?」
「そうだよな。健二は頑張ってたよ。でももう1回くらいテレビで見たかったな。」
「そうですね。」
と言いながら母親は涙をこぼした。父親もつられて泣いた。
葬式はつつがなく終わり両親はいつもの生活に戻った。
さて、ハッピー間山の住んでいた部屋であるが、一応事故物件、ということでなかなか貸しに出されなかった。しかし、そこにとにかく安く借りたい、という男があらわれた。大学生の塩見拓郎である。塩見は不動産屋に「あるんでしょう?事故物件。」といきなり切り出した。塩見は事故物件は安く借りられることを知っていた。そして彼には霊感がほとんどなかった。だから相場の半額程度で借りられるなら文句はなかった。 「じゃあ、明日引っ越します。」
と塩見は引っ越すことにした。引っ越しは滞りなく行なわれた。業者の人が帰り、荷解きがまだ済んでない荷物とともに塩見は寝転がっていた。部屋の向きの都合で西陽がガツンと入ってくる。(ちょっと暑いな。)と思いながらスマホをいじっていると寝てしまった。しばらく経ってドラムロールが聞こえてきた。ハッピー間山の霊が叫ぶ。
「まずはモノボケから。」
玄関の塩見のスニーカーが浮いている。
「もしもし。」
定番の靴をケータイに見立てるパターンだ。しばらく靴で会話して、いきなり
「臭いな!靴じゃねーか!」
これだけではあまり面白くなさそうなのだが、霊はとにかくしつこかった。何度も何度も「くせー、くせー!」を連発した。しまいには靴をちょっと食べたりした。塩見は最初はあっけにとられていたが、見ているうちに面白くて仕方なくなった。大爆笑である。涙を流しながら
「止めて、止めて、笑い死にしそう。」
と言った。ハッピー間山の霊は満足そうに去って行った。塩見はしばらく笑っていたがようやく笑い止んだ。(何だ、今の。今のが霊ってことか?)と現実に戻った。(楽しいじゃん。また明日も来るのかな?)
次の日、塩見は夕方まで大学で、その後はバイトだった。夜の10時にヘトヘトになって家へ帰って来た。すぐにドラムロールが鳴った。
「ダジャレ。」
ハッピー間山の霊だ。塩見は注目した。
「布団が吹っ飛んだ。」
塩見は拍子抜けして「アレ?」っという顔をした。しかしそれだけではなかった。
「吹っ飛んだ布団をプットオン!」
プットオン、身につける、という意味だ。(すごい。よく分からないが二重に掛かってるっぽい。)笑う、というよりは感心させられた。しかしハッピー間山が去った後、なぜか思い出し笑いが止まらなかった。(布団がプットオンって!)
次の日、大学もバイトも休みだったので一日中家にいた。充分に食事と睡眠を取って夜10時に備えた。(今日は何のジャンルだろう?)と思っていたが、今日は
「一発ギャグ!」
だった。今日は生前のハッピー間山がはっきり見える。昨日、一昨日は透明人間でハッピー間山の姿は見えなかったのだ。塩見は(こんな顔をしてたのか。)と感心した。ハッピー間山という芸人が前に住んでいたことは知っていたが、あまり興味がなくて調べることをしてなかったので、その若さに少し驚いた。どんな一発ギャグをしてくれるか、と思って注目して見ていた。その一発ギャグは
「モミアゲ、モミアゲ。」
と言いながら両手の先をモミアゲのところに持ってきて、手のひらをぐるぐる回すものだった。この一発ギャグに塩見は一発でヤラれた。
「モ、モミアゲって!」
と笑いが止まらなかった。
次の日、いつものようにハッピー間山の霊が登場した。
「漫談。」
今日は漫談らしい。
「うちに娘がいるんですけど、めっちゃかわいくて。スカウトされて芸能界に入ることになったですけど、やっぱり親として心配しちゃうじゃないですか。枕営業とか。お偉いさんのとこへ連れて行かれて、なんて話、聞くじゃないですか。で、わたし、ビクビクしてたんですけど。とうとう来ちゃたんですよ、その誘いが。でも、よく考えたら、うちの娘って言ってもワンちゃんなんです。メスのダックスフンド。杞憂でした。」
塩見は大爆笑した。
「犬だって!犬が枕営業!犬が!」
霊のハッピー間山が心配するくらい大ウケだった。(ハッピー間山って面白いな。)と心底思った塩見はハッピー間山のことを調べた。動画なども見たが普通に面白かった。(こんなに面白いのに売れなかったのか。)と同情したりした。(俺がハッピー間山の面白さを世間に知らしめなきゃいけないな。)とも思った。
そして次の日、昨日のウケに気をよくしたハッピー間山がいつもの時間に登場した。
「モノマネ。」
このモノマネは塩見をピンポイントで狙ったものだった。まずは塩見の父親のモノマネ。メガネをクイッとするところが秀逸だった。次に母親のモノマネ。独特なアクセントの「片付けしなさ〜い。」が超似てた。そしておじいちゃんのモノマネ。入れ歯カスタネットで塩見の腹筋は崩壊した。そして笑い過ぎたため、呼吸困難で死んでしまった。ハッピー間山の霊は満足そうだった。でも(いや、死ななくてもいいじゃん。)とも思った。塩見は笑顔で死んでいた。そして魂が死体から抜け出した。それからこの部屋では二人組の霊が出ることになった。二人は漫才を主にやってるらしい。




