第18章 隔離領域の提案、揺れる心と決断の前夜
境界領域の奥へ進むほど、
ひよりの胸はざわざわと揺れ続けていた。
怖い。
でも、それだけじゃない。
(……この先に“答え”がある気がする)
そんな予感が、足を止めさせなかった。
エルダがひよりの手を握る。
「ひよりちゃん……手、冷たいよ」
ひよりは小さく笑った。
「うん……ちょっと緊張してるの」
本当は緊張どころじゃない。
胸の奥がぎゅっと縮むような不安と、
それでも前に進みたい気持ちがせめぎ合っていた。
クロウは前を歩きながら、
周囲を鋭い目で観察していた。
「……データの欠損が限界に近い。
この先は“世界の心臓”に近い場所だ」
ひよりは息を呑んだ。
「世界の……心臓……?」
その言葉に、胸が少しだけ高鳴る。
怖いのに、どこか惹かれる。
クロウはひよりの方を振り返り、
静かに言った。
「ひより。
あんたの料理が“綻びを見えるようにした”だけだ。
本当はもっと前から壊れてた」
ひよりは胸に手を当てた。
(……私のせいじゃない……
でも、私が触れたから……)
罪悪感と、
それでも逃げたくない気持ちが胸の中でぶつかる。
エルダが胸に手を当てた。
「ひよりちゃんのスープ……
僕、あれを食べるとね……
なんか、心があったかくなるんだ」
ひよりは思わず笑ってしまった。
「ありがとう……エルダくん」
その笑顔に、少しだけ救われる。
クロウはひよりに向き直った。
「ひより。
あんたの料理は……NPCに“心”を与えてる」
ひよりは震えた。
「そんな……私、そんなつもりじゃ……」
クロウはひよりの肩に手を置いた。
「分かってる。
でも、運営はそうは思わない」
ひよりの胸が冷たくなる。
(……どうして、わかってくれないの……)
悔しさがこみ上げた。
クロウはひよりの手を握り、
静かに言った。
「ひより。
俺は……あんたを守りたい」
その言葉に、
ひよりの胸がじんわりと熱くなる。
(……クロウさん……)
怖いのに、
クロウの声を聞くと不思議と呼吸が楽になる。
***
そのとき——
空気が震えた。
——ビリッ。
ひよりは思わず身を縮めた。
「また……?」
クロウはすぐにひよりの前に立った。
「……違う。
これは“監視体”じゃない」
エルダが震える声で言う。
「クロウ殿……あれ……!」
境界領域の奥に、
白い光の“窓”が開いた。
まるで空間そのものがめくれ、
別の層が露出したように。
ひよりは息を呑んだ。
「なに……これ……?」
クロウは低く言った。
「……運営の“直接通信”だ」
ひよりの心臓が跳ねた。
(……運営……!
どうして今……?)
光の窓の中に、
人影が映し出された。
《佐倉ひよりさん。
あなたに直接、説明が必要だと判断しました》
ひよりは喉が乾いた。
「……運営、さん……?」
クロウが前に出ようとしたが、
ひよりはそっとクロウの腕を掴んだ。
「大丈夫……聞きます」
怖い。
でも、逃げたくない。
運営の声が続く。
《あなたのスキルは、システム外の効果を発揮しています》
《NPC覚醒、世界の綻び、境界領域の開放》
《しかし……あなたの料理が“修復”の可能性を持つことも確認しました》
ひよりは胸が熱くなる。
(……認めてくれた……?)
ほんの少しだけ、希望が灯る。
だが、運営の声は続いた。
《結論として、あなたを“削除”することは保留します》
《しかし……このまま世界に存在させることもできません》
ひよりの心臓が跳ねた。
「……どういう、ことですか……?」
《あなたを“隔離領域”へ移動させます》
ひよりは息を呑んだ。
(……隔離……?
閉じ込められる……?)
胸がぎゅっと痛む。
クロウが一歩前に出た。
「ふざけるな。
ひよりを閉じ込めるつもりか」
その声に、ひよりの胸が熱くなる。
(……クロウさん、怒ってる……
私のために……)
運営は淡々と言った。
《隔離領域は、あなた一人ではありません》
《あなたが望むなら……NPC一名を同行させることができます》
ひよりは息を呑んだ。
(……NPC一人……?
そんなの……選べない……)
クロウはひよりを見つめた。
「ひより。
俺を選べ」
ひよりの胸が跳ねた。
(……クロウさん……
そんな顔しないで……)
エルダがひよりの手を握った。
「ひよりちゃん、僕も……!」
ひよりは涙がこぼれた。
(……どうして……
どうしてこんな選択を……)
運営は淡々と言った。
《選択は必須です》
ひよりは震える声で言った。
「……選べません」
運営は沈黙した。
クロウがひよりの肩を抱き寄せた。
「ひより……」
ひよりは涙を拭い、
運営の“窓”を見つめた。
「私……誰も失いたくない。
クロウさんも、エルダくんも……
みんな、大切なんです」
運営は淡々と言った。
《では、第三の選択肢を提示します》
ひよりは息を呑んだ。
「第三の……?」
《あなたが“世界を修復できる”と証明できれば》
《隔離も削除も行いません》
ひよりは震えた。
(……世界を……修復……?
そんなこと……私に……?)
クロウはひよりの手を握った。
「ひより。
あんたならできる」
その言葉に、
ひよりの胸がじんわりと温かくなる。
エルダもひよりの手を握った。
「ひよりちゃん、僕も一緒にやる!」
ひよりは涙を拭い、
静かに頷いた。
「……やります。
私の料理で……世界を守りたい」
運営は静かに言った。
《では、証明を開始してください》
ひよりは鍋を抱きしめた。
怖い。
でも、胸の奥に小さな灯がともっている。
(……私の料理で、世界を……)
クロウはひよりの背中に手を添えた。
「ひより。
あんたの料理は……世界を癒す力だ」
ひよりは深呼吸をした。
「……信じます。
私の料理を」
境界領域の奥で、
世界の綻びが静かに広がっていく。
ひよりは鍋を置き、
新しい料理を作り始めた。
世界を救うために。




