第16章 揺らぐ世界、プレイヤーが選ぶ“守る理由”
境界領域の奥へ進むにつれ、
ひよりは胸の奥がざわざわと揺れるのを感じていた。
空気が薄い。
風が吹いていないのに、木々の影だけが揺れている。
地面の模様はノイズのように乱れ、
時折、色が抜け落ちる。
(……世界が、壊れてる)
エルダがひよりの手を握った。
「ひよりちゃん……ここ、やっぱり変だよ……」
ひよりは小さく頷いた。
「うん……でも、大丈夫。
クロウさんがいるから」
クロウは前を歩きながら、
周囲を鋭い目で観察していた。
「……データの欠損が広がってる。
このままだと、マップそのものが崩壊する」
ひよりは息を呑んだ。
「そんな……!」
クロウはひよりの方を振り返り、
静かに言った。
「ひより。
あんたの料理が“綻びを見えるようにした”だけだ。
本当はもっと前から壊れてた」
ひよりは胸に手を当てた。
(……私のせいじゃない……
でも、私が触れたから……)
クロウはひよりの手をそっと握った。
「ひより。
あんたは世界を壊してなんかいない。
むしろ……“救ってる”」
ひよりの目に涙が滲んだ。
「クロウさん……」
エルダが胸に手を当てた。
「ひよりちゃんのスープ……
僕、あれを食べるとね……
なんか、心があったかくなるんだ」
クロウはエルダを見つめた。
「エルダ。
それは“NPC覚醒”の兆候だ」
エルダは首をかしげた。
「NPC……?
僕、ひよりちゃんとクロウ殿と一緒にいたいだけだよ?」
ひよりは胸が締めつけられた。
(……エルダくんは、もう“ただのNPC”じゃない)
クロウはひよりに向き直った。
「ひより。
あんたの料理は……NPCに“心”を与えてる」
ひよりは震えた。
「そんな……私、そんなつもりじゃ……」
クロウはひよりの肩に手を置いた。
「分かってる。
でも、運営はそうは思わない」
ひよりの胸が冷たくなる。
「運営……?」
クロウは頷いた。
「NPC覚醒は、ただのバグじゃ済まない。
“世界の根幹”に関わる問題だ。
運営が本格的に動けば……
ひよりのアカウントが危険になる」
ひよりは唇を噛んだ。
(……私のせいで、クロウさんまで……)
クロウはひよりの手を握り、
静かに言った。
「ひより。
俺は……あんたを守りたい」
ひよりの胸が熱くなる。
(……クロウさん)
***
そのとき——
空気が震えた。
——ビリッ。
ひよりは思わず身を縮めた。
「また……?」
クロウはすぐにひよりの前に立った。
「……違う。
さっきの監視体より“深い”」
エルダが震える声で言う。
「クロウ殿……あれ……!」
境界領域の奥に、
白い光の“裂け目”が走った。
まるで空間そのものにひびが入ったように。
ひよりは息を呑んだ。
「空間が……割れてる……?」
クロウは剣を構えた。
「ひより、エルダ。
後ろに下がれ」
ひよりは震えながらも、
クロウの背中を見つめた。
(……クロウさんは、プレイヤーなのに……
どうしてこんなに私を守ってくれるんだろう)
光の裂け目はゆっくりと広がり、
その奥に“何か”が見えた。
白い光。
人の形。
しかし、輪郭が揺れている。
ひよりは震えた。
「監視体……じゃない……?」
クロウは低く言った。
「……運営の“深層監視プログラム”だ。
普通の監視体より強い。
プレイヤーの行動を直接制限できる」
ひよりは息を呑んだ。
「そんな……!」
深層監視体はひよりを見つめ、
無機質な声を響かせた。
《プレイヤー:佐倉ひより》
《あなたの行動は、システムの許容範囲を超えています》
《NPC覚醒現象への関与を確認》
《警告:これ以上の干渉は推奨されません》
ひよりは震えた。
(……私のせいで……?)
クロウが一歩前に出た。
「ひよりは悪くない。
俺が同行している。
調査は俺が引き受ける」
深層監視体はクロウに視線を向けた。
《プレイヤー:クロウ》
《あなたの行動も監視対象です》
《NPC覚醒現象への“積極的関与”を確認》
クロウは眉をひそめた。
「積極的関与……?
俺はひよりを守ってるだけだ」
《プレイヤー行動ログを確認中……》
ひよりはクロウの袖を掴んだ。
「クロウさん……!」
クロウはひよりの手を握り返した。
「大丈夫だ。
俺はプレイヤーだ。
消されることはない」
ひよりは涙をこらえた。
(……でも、クロウさんが危険になるのは嫌)
深層監視体は静かに言った。
《警告:境界領域への侵入は危険です》
《これ以上の進行は、アカウント停止の可能性があります》
ひよりは息を呑んだ。
「アカウント……停止……?」
クロウはひよりの肩に手を置いた。
「ひより。
俺は構わない。
でも……あんたは?」
ひよりは震えた。
(……私のせいで、クロウさんが……?)
クロウはひよりの手を握り、
静かに言った。
「ひより。
俺は……あんたを守りたい」
ひよりの胸が熱くなる。
(……クロウさん)
深層監視体は動かない。
ただ、ひよりたちを見つめている。
クロウはひよりの手を引き、
境界領域のさらに奥へと歩き出した。
「行くぞ。
ここで止まったら……何も変わらない」
ひよりは深呼吸をし、
クロウの背中を追った。
エルダも続く。
境界領域の光が揺れ、
風がざわめき、
世界が静かに変わり始めていた。




