第13章 森のざわめき、プレイヤーが見た異変
朝露が消え、森が昼の光に満たされ始めた頃。
ひよりはスープの器を胸に抱えたまま、
ゆっくりと息を吐いた。
(……ここにいると、心が落ち着く)
朝の光は柔らかく、
木々の葉は風に揺れ、
影が地面に踊っている。
エルダは川辺で水を汲みながら、
ひよりに向かって手を振った。
「ひよりちゃーん! 今日も森、すっごく綺麗だよ!」
ひよりは笑って手を振り返した。
(……本当に、ここが好き)
昨日の恐怖はまだ胸の奥に残っている。
けれど、エルダたちがそばにいてくれることが、
ひよりの心を支えていた。
そのとき——
森の奥から、風がひゅうと吹き抜けた。
いつもの風とは違う。
冷たく、鋭く、
まるで森がひよりに何かを伝えようとしているようだった。
「……?」
ひよりは思わず振り返る。
木々がざわざわと揺れ、
葉が不規則に震えている。
エルダが駆け寄ってきた。
「ひよりちゃん、どうしたの?」
「なんだか……森の空気が、変じゃない?」
エルダは耳を澄ませた。
「……うん。
なんか、森がざわついてる感じがする」
そのとき——
ひよりの背後から、落ち着いた声がした。
「気づいたか」
ひよりは振り返った。
黒いコートを羽織った青年。
鋭い目つきなのに、どこか優しさを含んだ瞳。
クロウ——
いや、プレイヤー名“クロウ”でログインしている青年が、
静かに姿を現した。
「クロウさん……!」
クロウは森の奥を見つめたまま言った。
「この森……“データの揺らぎ”が起きてる」
ひよりは瞬きをした。
「データ……?」
クロウはひよりの手元の器を指した。
「さっきのスープだ。
あれは、ただのバフじゃない。
NPCの行動パターンを変えてる」
ひよりは息を呑んだ。
(……私の料理が、NPCに……?)
クロウは続けた。
「NPCが“自分の意思”で動き始めてる。
普通のゲームじゃありえない」
エルダが不安そうに言う。
「クロウ殿……ひよりちゃん、どうなるの?」
クロウはひよりを見つめた。
その瞳は鋭いのに、どこか優しさがあった。
「……ひよりは悪くない。
でも、運営はそうは思わないかもしれない」
ひよりの胸が冷たくなる。
「運営……?」
クロウは頷いた。
「NPC覚醒は、ただのバグじゃ済まない。
“世界の根幹”に関わる問題だ。
運営が調査に入れば……ひよりのアカウントが危険になる」
ひよりは震えた。
(……私のせいで……?)
クロウはひよりの肩に手を置いた。
「だから、ここから動く必要がある」
「動く……?」
「この森は、もう安全じゃない。
ひよりの料理が“世界のルール”に干渉してる」
ひよりは胸に手を当てた。
「そんな……私、そんなつもりじゃ……」
クロウはひよりの手をそっと握った。
「分かってる。
あんたの料理は、誰かを傷つけるためのものじゃない。
だからこそ……危険なんだ」
ひよりは涙がこぼれそうになった。
(……クロウさん……)
エルダがひよりの手を握った。
「ひよりちゃん、僕らがいるよ!
どこに行っても、守るから!」
ひよりは笑った。
(……怖いけど、みんながいる)
クロウは森の奥を指差した。
「ついてこい。
この先に……“誰も行かない場所”がある。
運営の監視が届きにくい場所だ」
ひよりは深呼吸をし、
クロウの背中を追った。
森の光が揺れ、
風がざわめき、
世界が静かに動き始めていた。




