第12章 朝露の森、ひよりの居場所
夜が明けた。
森の空気はひんやりとしていて、
草の先に丸い朝露がびっしりとつき、
朝日を受けて宝石のように輝いていた。
木々の間から差し込む光は柔らかく、
白い靄がゆっくりと溶けていく。
ひよりはゆっくりと目を開けた。
焚き火はすでに小さくなり、
赤い残り火がかすかに揺れている。
その前で、クロウが背中を向けて座っていた。
黒いコートの背中が、
朝日に照らされて淡く光っている。
(……クロウさん、ずっと起きてたのかな)
ひよりの胸がじんわりと温かくなる。
エルダは木の根元で丸くなって寝ていた。
寝息が小さく聞こえ、
時折寝返りを打つたびに落ち葉がかさりと揺れた。
ひよりはそっと立ち上がり、
クロウの隣に座った。
「……おはようございます」
クロウはわずかに振り返り、
短く答えた。
「……ああ。起きたか」
その声は低く、
けれどどこか安心したようにも聞こえた。
ひよりは胸の前で手を握りしめ、
小さく息を吸った。
「昨日は……本当にありがとうございました」
クロウは視線をそらし、
焚き火の残り火を見つめた。
「……礼はいい」
ひよりは首を振った。
「でも……守ってくれて……
本当に、嬉しかったです」
クロウの肩がわずかに揺れた。
「……あんたが危なっかしいからだ。
放っておけなかっただけだ」
ひよりは微笑んだ。
(……クロウさんって、本当に優しい)
***
朝の森は、
夜とはまるで別の世界のようだった。
鳥たちが枝の上でさえずり、
風が草を揺らし、
朝露が光を反射してきらきらと輝く。
ひよりは深呼吸をした。
(……いい匂い)
湿った土の匂い、
草の香り、
木々の甘い香りが混ざり合い、
胸の奥まで染み込んでいく。
エルダが大きなあくびをしながら起き上がった。
「ふぁぁ……おはよ、ひよりちゃん!
クロウ殿も、おはよ!」
クロウは軽く頷いた。
エルダはひよりの顔を見て、
ぱっと笑顔になった。
「ひよりちゃん、昨日より元気そうだね!」
「うん……クロウさんが戻ってきてくれたから」
ひよりがそう言うと、
クロウはわずかに視線をそらした。
「……当然だ」
エルダはにやにやしながら言う。
「クロウ殿、照れてる〜」
「黙れ」
クロウの声は冷たい。
だが、その横顔はどこか柔らかかった。
***
ひよりは今日の朝ごはんを作ることにした。
森の光は明るく、
木々の葉が風に揺れ、
影が地面に踊っている。
ひよりは鍋に水を張り、
森で採れた野菜を切り始めた。
にんじんのような赤い根菜、
じゃがいものような丸い芋、
香りの強いハーブ。
包丁がまな板を叩く音が、
森の静けさに心地よく響く。
エルダが鼻をひくひくさせながら覗き込む。
「今日のスープ、なんかいつもよりいい匂いする!」
ひよりは鍋をかき混ぜながら、
そっとクロウの方を見た。
クロウは木にもたれ、
腕を組んで目を閉じていた。
(……疲れてるのかな)
ひよりは胸がきゅっとなる。
(クロウさんにも、温かいものを食べてほしい)
スープが煮立ち、
黄金色のだしがふわりと香りを放つ。
ひよりは味見をして、
小さく微笑んだ。
「……うん。美味しい」
その瞬間——
スープが淡く光った。
「えっ……?」
エルダが目を丸くする。
「ひよりちゃん、また光ってるよ!」
ひよりは驚きながらも、
どこか納得していた。
(……守りたいって思ったから、かな)
昨日の結界も、
ひよりの“想い”が形になったものだった。
クロウが目を開け、
ひよりの手元を見つめた。
「……またか」
「ご、ごめんなさい……!」
「謝るな」
クロウは立ち上がり、
鍋の中を覗き込んだ。
「……これは、悪い光じゃない」
ひよりは目を瞬いた。
「え……?」
クロウは静かに言った。
「昨日の結界とは違う。
これは……“加護”だ」
「加護……?」
クロウは頷いた。
「あんたの料理は、
食べた者を守り、強くする力がある。
昨日はそれが暴走しただけだ」
ひよりは胸に手を当てた。
(……私の料理が、誰かを守る力に……)
エルダが嬉しそうに言う。
「ひよりちゃんの料理、すごいんだよ!
俺、昨日のスープ飲んだら、
なんか……心が強くなった気がしたもん!」
ひよりは照れながら笑った。
「そんな……大げさだよ……」
クロウはひよりを見つめた。
「……大げさではない。
あんたの料理は、本物だ」
ひよりの胸が熱くなる。
(……クロウさんに、そう言ってもらえるなんて)
***
スープが完成し、
ひよりは木の器に注いでみんなに配った。
エルダは嬉しそうに一口飲んだ。
「うまっ……!
なんか、体の奥がぽかぽかする!」
クロウも静かにスープを口に運んだ。
ひよりは緊張しながら見つめる。
クロウはしばらく黙って味わい、
小さく息を吐いた。
「……悪くない」
ひよりの胸が跳ねた。
「ほ、本当ですか……?」
クロウはわずかに視線をそらした。
「……ああ。
昨日より……ずっといい」
ひよりの頬が熱くなる。
(……嬉しい)
エルダがにやにやしながら言う。
「クロウ殿、ひよりちゃんの料理に弱いんだ〜」
「黙れ」
クロウの声は冷たい。
だが、その横顔はどこか照れていた。
ひよりはスープを飲みながら、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……ここが、私の居場所なんだ)
森の光が、
ひよりの頬を優しく照らしていた。




