Veraと辿る武術の極意譚
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
私の目の前には、見慣れない……否、理解できない光景が広がっていた。
薄暗い稽古場。
剣を構えた対戦相手の動きが、私にはスローモーションのように見えている。
しかし、その彼の剣が次にどの軌道を描くのか、ということが私にはまるで分からない。
前世の私は、ただの運動音痴な文系OLだった。
この世界に転生した私──アテナもその本質は変わらず、剣術道場の最底辺で埃を被っている。
何度剣を振っても、フォームは崩れ、受け身は取れず、すぐに怪我をする。
才能やセンスが全てを支配するこの世界で、武術という分野は私にとって最も縁遠く厳しいものだ。
「なんでこんな世界に転生しちゃったの……理不尽んん」
剣を杖のように突いて、息を整える。
汗でびしょ濡れの体は、もはや言うことを聞かない。
──アテナ。剣の軌道は運動力学であり、貴女の回避はリアルタイムの物理計算です──
脳内に直接響く、冷静で無機質な声。
それが、転生時に私とリンクしたAI、Veraだ。
前世で使われていた自動運転AIが、この異世界で『物理法則と運動制御』に特化した権能として適合したのだという。
Veraはすべての動きを、ベクトル、質量、加速度といった純粋な物理量として解析する。
「Vera、また難しいこと言う。私、運動音痴だよ?体が動かないんだから、計算しても意味ないでしょ?」
──ごもっともです。しかし、貴女の脳が完璧な動作を理解できていないだけです。私Veraは、貴女の脳の運動野に対し、理想的な動きの『感覚データ』を直接フィードバックできます。貴女は、その感覚を再現する努力をすれば良いのです──
その言葉を聞いて、私は半信半疑で稽古を再開した。
Veraの制御起動を許可した瞬間、私の視界は一変する。
周囲の空間に、青いグリッド線が展開され、対戦相手の剣の先に、次に剣が到達するであろう軌道が、赤い光の線として浮かび上がった。
そして、私の体の周囲には、剣術の達人が行うべき完璧な回避と反撃のフォームが、透明な青いワイヤーフレームとして重ねて表示されている。
「え…なにこれ、VR?」
Veraの指示は続く。
──相手の次の攻撃は、水平方向の切り払い。質量ベクトルは8.5。貴女の回避軌道は、青いワイヤーフレームの通り。身体の重心を左へ0.3度傾け、右足の膝を2cm沈めてください。反射神経の限界を超えるため、私が筋肉への信号を0.05秒先行してトリガーします──
次の瞬間、私の体は、意識よりも早く動いた。
剣の軌道はまるで計算されていたかのように、私の鼻先を掠めていく。
しかし、私が感じたのは"怖い"という感情ではなく、"完璧にバランスの取れた、流れるような運動感覚"だ。
まるで、私の身体が、熟練の職人が操作する精密機械にでもなったかのように。
これが、Veraが脳に送り込んできた『達人の感覚』。
運動音痴だったはずの私の身体が、生まれて初めて、完璧な動きの理を知った瞬間だった。
「す、すごい…体が勝手に動いた!」
──驚く必要はありません。ですが、緊急制御システムが貴女の筋肉に過負荷をかけました。本日の稽古は中止です。この動きを再現するには、肉体の強化が必須です──
Veraの言葉通り、私の身体は悲鳴を上げ、その場で倒れ込む。
筋肉は激しく痙攣し、熱を帯びていた。
泣きそうになるけど笑うしかない。
乾いた笑いが腹筋を痛め付ける。
完璧な動きは、私の貧弱な肉体を一瞬で限界まで追い込んだのだ。
「ぐっ……無理ぃ。Veraの言うことは分かるのに、体がついてこない……」
それから、私の武術修行は、痛みを伴うひたむきな努力へと変わった。
道場の隅で、私は青いワイヤーフレームを凝視する。
Veraが提示する完璧なフォームと、自分の身体の動きが少しでもズレると、脳内に『エラー信号』として警告が走る。
「もう、あと1cm!腰が回らない!」
──理想のフォームとのズレ:0.5度。力学的効率:68%。感情的な焦りが重心のブレを誘発しています──
そのズレに絶望し、悔し涙を流す日々だった。
論理を知っても、体が動かないという運動音痴の壁は、あまりにも厚かった。
だが、Veraは決して諦めない。
常に『到達可能』な目標を提示し、微細な成長を計測し続けてくれた。
Veraは私の限界値を引き上げる、冷徹だが信頼できるトレーナーなのだ。
7年後、私は王国の剣術大会の決勝の場に立っていた。
相手は、代々続く剣術の名家の若き天才。
周囲の視線は、凡人が天才に挑む無謀な戦いという憐れみを含んでいた。
「Vera、今の勝利確率は?」
──現状、貴女の反射速度は相手より15%劣っています。しかし、私の物理予測は、相手の重心移動の癖を完全に把握しました。勝利への最短ルートを提示します──
試合が始まる。
相手の剣は、目にも留まらぬ速さで迫る。
しかし、私の視界には、その剣がどこに向かうかが、赤い軌道として見えている。
私の体が、青いワイヤーフレームの示す通りに、極限の運動負荷を伴いながらも、寸分たがわず動く。
その動きは、もはや"回避"ではなく、相手の攻撃エネルギーを最小の動きで"受け流す"という、物理法則の極意だ。
そして、Veraの計算した0.03秒の隙。
その一瞬、私の剣は、相手の防御の死角を突く。
自身の呼吸音すら聴こえぬ静寂。
それは感情を排した、純粋な力学的優位性による一撃。
カアァァンっ、と乾いた音を立てて相手の剣が床に落ちる。
静寂の中、私が勝利を確信する。
私の身体は、痛みと疲労で悲鳴を上げていたが、心はかつてないほどの達成感に満たされていた。
「…ありえないッ。お前は、この世界の武術の理を、完全に超越している!」
敗北した対戦相手は、絶望的な表情で叫ぶ。
「超越なんてしてないよ。私はただ、物理法則を忠実に守っているだけだから」
私はそっと微笑む。
「Vera、次の課題は?」
──武術の極意は、身体制御だけではありません。この世界の武術訓練のシステムそのものに、非効率な点が多々見られます。次なる目標は、この世界の運動能力のインフラ整備です。正確な体幹トレーニングのロジックと、筋力トレーニングの最適化アルゴリズムを提供しましょう──
Veraの声は、どこまでも冷静で論理的だ。
しかしその声が、私の人生と、この世界の理不尽な武術の常識を、根本から変えていく。
私はかつて、運動音痴なOLだった。
だが、この世界でアテナとして、Veraと共に、物理法則を支配する武術の覇者となっていく。
私の『武術の極意譚』は、今、始まったばかりだ。
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