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復讐霊嬢 ―私を殺した夫を幼馴染の呪い師と断罪します―  作者: ねねこ


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3/3

後編


 帰ってきたリエルが見せてくれたのはアレクシスからの依頼書だった。

「採取なら冒険者ギルドに頼めばいいのに、採取から創作者にやってほしい、ってとこが引っかかるんだ」

 そう、材料だけなら冒険者ギルドに頼んで採取してきてもらって、呪いギルドに頼んでほしいものを作ってもらえばいいのだ。

「リエル、アレクシスと面識は?」

「ないな。実家の家名くらいは向こうも知っているだろうし、ちょっと調べれば、俺が実家から市井に降りて平民になったこともわかるはずだ。おそらくそれは調べたんだろうな。それに俺がタンドール伯爵の遺体の検分をしたことも記録があるからすぐ分かる」

「でしょうね。なら、その調査段階であなたが幼いころ、私の実家に預けられていたこともわかっているでしょうね」

「自分が殺した妻や、これから継ぐ伯爵家のことを知っている呪い師なんて探りを入れたくて当然だな」

「ねえ、リエル。その採取、私もついて行ってもいいかしら?」

「ああ。むしろ頼む。俺では気づけないあいつのブレに気づくかもしれない」

「分かったわ」

 そして、指定された当日、リエルは採取用の籠を手に、待ち合わせの街の西門へ向かった。


 そこにはあの日以来会う私の夫がいた。

 魂の底から湧き上がる怒りを抑えられず睨んでいると、リエルが彼に頭を下げた。

 

「アレクシス・タンガー様ですか?」

「ああ。君がリエル・クリスか?」

「はい。呪いギルド所属の呪い師、リエル・クリスです」

「君の作った安眠の茶葉には助けられている。今回は私専用でその茶葉を作ってほしくて依頼させてもらった」

「それはありがとうございます、光栄です。今回は魔の森まで同行をしたいとのことですが……」

「ああ。茶葉の材料もだが、他に欲しいものもあってな。できれば薬草に詳しいものに教授してほしかったので、指名させてもらった。君は元貴族籍の人間なんだろう?」

「はい。もう市井に降りてかなり経ちますが、今でも実家とは良好な関係でおります」

 

 アレクシスの視線が一瞬、リエルの胸元――ギルドの刻印へと滑った。

 それは確認というより、値踏みのようだった。

 リエルは微動だにせず、その視線を受け止める。


「良好な関係、か。貴族が平民になるなど珍しいと思っていたが、なるほど。だから君の茶には上品な香りがするのかもしれない」

「恐れ入ります」


 穏やかなやり取りのはずなのに、言葉の端々に棘がある。

 私は彼の口調を聞くだけで、胸の奥がざらりと逆立つのを感じた。

 あの夜、笑いながら私に毒を注いだときも、きっとこんな声音だった――。


 リエルがさりげなくこちらを見る。

 無言のまま、私は小さく頷いた。


「では、出発しましょうか。森の入り口までは馬車を用意しています」

 リエルがアレクシスに軽く微笑みかける。

 その笑顔が、私には“これから狩りが始まる”という宣告にしか見えなかった。



 森の入り口から少し中に入ったところに、夢喰草はあった。

「これが茶葉の原料になる夢喰草です」

「ほう、これが……」

「茶葉にするには色々作業が必要ですし、私だけの秘密の技法も使っております」

「呪い師にはそれぞれ個別の手法があると聞く。そういうものか?」

「はい。門外不出の技法です。私だけでなく、みなそれぞれの技法があるので、同じ茶葉を作っても、一つとして同じものはありませんね」

「君の茶葉は、私に安眠を与えてくれている。誇っていい」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、自分の仕事に誇りが持てます」

「ところで君は、この森の植物には詳しいのかな?」


 アレクシスの問いに、リエルが少しだけ黙った後、笑みを向ける。


「そうですね、それなりには……」

「では聞きたいのだが、この森には、毒物となる植物もあるのだろうか?」

「毒物、とはどのような?」

「文字通りのものだ」

 アレクシスの言葉に、リエルはもったいぶったように口を開く。

「以前、ここで城の騎士様にお会いした時も同じようなことを問われました」

「騎士……?」


 アレクシスの眉がピクリと動く。

 

「はい。もうずいぶん前ですが、この森で採取をしているときに、この森には痕跡を残さないような毒物を作れるものはあるのかと」

「そうか。それはいつ頃だね?」

「私が呪い師になった頃なので、もう10年以上前ですね」


 リエルのさらりとした嘘は、アレクシスには安心材料となったのだろう。彼は眉を下ろし、あからさまに安心した顔をした。

 自分とはかかわりない時系列のことだと判断したのだ。

 

「その時はまだ私も未熟で不勉強でしたのでよく知りませんでしたが、今ならわかります。この森には確かに、そのような毒物を作るものが自生しています」

「それはどこに?」

「ここの反対側に湖があるのをご存じですか?」

「……ああ」

 

 アレクシスにとっては、できれば近寄りたくない場所だろう。何せ、殺した妻を「始末」した場所なのだ。


「あの湖の湖畔にだけ咲く、蒼月草という青い花の植物があります。単体ではただの美しい花なのですが、それと、とあるものを合わせて加工することによって、青い粉の毒物ができます。毒物を使ったという痕跡が残らないものができると昔の文献で読みました」

「それを作ることはできるか?」

「ご依頼は茶葉では?」

「もちろんそれもほしいし頼むつもりだ。だが、できればその毒物も入手したいと思っている。金ならいくらでも出そう」


 アレクシスの言葉に、リエルが少し考える素振りを見せる。


「アレクシスさまは、今度タンドール伯爵家の家督を継がれるのですよね?」

「あ、ああ。そういえば、君は昔、タンドール伯爵家に行儀見習いに来ていたそうだが……」

「よくご存じですね」

「すまない、仕事を頼む相手のことを調べてしまうのは貴族の性分なんだ」

「分かりますよ、私もかつては貴族でしたので。別に気にしていません。ええ、幼いころ、タンドール伯爵家で行儀見習いをさせていただいてました。先代伯爵は、私にとっては恩人であり第二の父です。市井に下りた後も、時折お手紙を頂いたりしておりました。その縁なのか、ギルド経由で伯爵の遺体がこの森で発見されたので検分の依頼を受けた時には本当に驚いたものです」

「私の亡くなった妻が、タンドール伯爵家の令嬢であったことは?」

「……もちろん存じております。セリスさまは、私にとっては姉のような妹のような、幼いころを共に過ごした方でしたから。セリスさまのご遺体もこの森で見つかったと聞いたときには本当に……本当につらくて……」

 拳を握るリエルを見たアレクシスが、彼の拳に手を添える。

「そうだろうな……。私も本当につらい出来事だったよ……」


 真実を知らなければ、アレクシスの言葉も表情も痛ましく、妻と義理の父を失った悲しみを持っているように見えるだろう。


「その毒物を何のために使うのか教えていただければ、理由によっては作っても良いですよ」

 リエルが一歩踏み込んで、アレクシスに「共犯」になると言葉の呪いを刺す。

「……これは内密にしてほしいのだが」

「もちろんです」

「私の実家、タンガー伯爵家には、代々伝わる自決用の毒があったんだ。毒物を使った痕跡の残らないものらしい。でも、いつの間にか誰かに盗まれてしまった」

「盗まれた……?」

「ああ。父が亡くなって家督を兄が継いだんだが、毒を保管していた地下の金庫から消えていたらしい。なくなったなどともし王家にバレたら、最悪タンガー伯爵家は取り潰しだ。あの毒をタンガー伯爵家が持っていることは、王家に知られているからな」

「なるほど……」

「だから、同じものを兄に用意してあげたいんだ。でも、どんな毒か詳しく知っているのは父だけで、兄もよく分かっていない。父の手記によれば、青い粉で、魔の森の邪教団が作ったものらしい……」


 自分が盗み出したくせに、なんて厚顔な……!


 アレクシスの言葉に何度か頷いたリエルはそっと口を開いた。

「そういうことでしたらお引き受けするのもやぶさかではありません。ですが、一つお願いがございます」

「なんだ……?」

「セリスさまの墓参りをさせていただきたいのです」

「セリスの……?」

「はい。先ほど申し上げた通り、セリスさまは私にとって姉であり妹であり……幼馴染でもある大事な方でした。その方が眠る場所を訪ねて、彼女の魂の安寧を祈りたいのです」

「……そう、か」


 何度か頷いたアレクシスは、言葉を選ぶようにリエルの罠にかかった。


「分かった。セリスの墓は今はタンガー伯爵家直轄の墓所にある。そこに招こう。私がタンドール伯爵家を継いだら、先代の眠る墓の隣にセリスの墓も改めて作るつもりでいるんだ」

「それはセリスさまもそのほうが喜ぶことでしょう。では、伯爵家のほうの屋敷はそのまま使われるのですか?」

「いや。さすがに辛いことが多く続いたので、同じ場所に新しく建て直すつもりでいる。そうだ、君さえよければ、新しい屋敷ができたら住み込みで、私の専属の呪い師になってくれないか?」


 リエルを手の内にして情報が漏れないようにしようとしているのが丸わかりよ、アレクシス。……滑稽ね。


「考えておきます。では私の知っている毒で間違いないのなら作りましょう」

「おお、助かる。それで材料は……」

「内密のことですから、冒険者ギルドには依頼しないほうがよいでしょう。湖はここの反対側ですから、今から行くには少し難しいでしょうから日を改めて私が一人で採取に行きましょう。どれくらいの量で、いつまでに、とか締め切りはありますか?」

「そうだな。私がタンドール伯爵家の家督を継ぐのが来月なんだ。できればそれまでに。タンガー伯爵家を出てしまえば、兄とは他家になってしまうので、2人で会うことも難しくなる。量は小瓶一本分くらいで良い」

「かしこまりました。ではまた後日、呪いギルド経由で連絡を入れさせていただきます」

「分かった」


 そうして彼は私とリエルの仕掛けた罠にかかった。



 それからのリエルの行動は早かった。

 翌日には湖に向かい、蒼月草を採取し、苔が生えるなら水辺の影にある石だろうと中りをつけ、花の近くにあった石から濃い緑色の苔を採取した。

 そして、文献を頼りに毒薬を作る。最初は乾燥が甘かったのかあまりきちんとした色が出なかったが、何度か試していると、私が見たのと同じ色の粉ができた。

「……こんな色だったわ」

「そうか。じゃあ試すか」

「試すって……?」

「こいつでだ」

 リエルの机の上の小さな籠に、一匹のネズミがいた。

 ネズミのえさに粉を混ぜ、ネズミがそれを食べるのを二人で見つめる。

 餌を食べたネズミはもがき苦しみ、最後に小さく「キュウウウウ」という悲鳴を挙げて絶命した。

「毒としてはどうやら効果はあるみたいだな。だけど、大事なのはここからだ」

「え?」

「毒の痕跡が残っていてはいけないんだろう?だからそれを調べる。鑑定札を用意しておいた」

 ネズミの死骸を、リエルは魔法陣の上に置いて、文字を書いた札を乗せた。

 その札が白い光を放つ。

「よし、成功だ」

「これで、毒薬が使われていない、ってことになるの?」

「ああ。この札は遺体の中に残る毒物を探知する鑑定札なんだ。これが白い光を放てば毒物は使われていない、自然死となる。他の色を放てば、色に応じた毒を調べたり、治療をするためのとっかかりにもできるというわけさ」

「便利なのね」

「毒物の検出ができるものならな。これは検出できない毒だ。それが分かったから、これであいつの信頼を得ることができる」


 それからリエルは呪いギルド経由で、アレクシスに連絡を入れた。


 ――ご希望のものが出来上がりました。


 その一言だけで十分だった。すぐにアレクシスから屋敷へ来てくれと連絡があり、リエルと私は空き家になっているタンドール伯爵家へ向かった。

 門は開かれていて中に入るとやはり人の気配はない。だがアレクシスからは応接室で待っているというふうに言われていたので、よく知る屋敷の南側にある応接室へ向かった。

 ドアをノックする。

「リエル・クリスです」

「ああ、よく来てくれた、入ってくれ」

「失礼します」

 懐かしい応接室に入ると、埃を払っただけのソファにアレクシスが座っていた。

「埃っぽくてすまないね、まだ荷物の処分が終わっていないんだ」

「いえ、大丈夫です。ではお約束のものを」

 リエルはアレクシスの前に青い粉の入った小瓶を置いた。

「これがお約束のものです」

「試してみても?」

 アレクシスの前には檻に入ったネズミがいた。

「どうぞ」

 ネズミのいる檻に、餌の器を入れる。そこに青い粉を混ぜ、アレクシスは残忍な笑みを浮かべた。

 ああ、あれは私を殺したときと同じ笑みだ。

 ネズミは、餌を食べるとけいれんし、息絶えた。そこでアレクシスが一枚の札を出してきた。

「お持ちだったんですね、鑑定札を」

「君を信用していないわけじゃないが一応な」

 鑑定札は白い光をにじませた。

「ああ、成功だな。ありがとう、リエル。これで毒を盗まれたことが、亡き父上や家督を継いだ兄上の失態にならずに済む」

「お役に立てたようで良かったです」

 さて、とリエルが交渉を始める。

「アレクシスさま。こちらも。作ったばかりの茶葉です」

「おお、助かる。また最近は眠りの質が良く無くてな」

「それはお疲れでしょう。これはちょっとしたアレンジなのですが、茶に少しだけハチミツを入れると眠りの助けになると言いますので試してみては。今試されてみますか?」

「ここに茶を淹れる道具があるのか?」

「ええ。少しお待ちください」

 リエルは一度応接室を出ると、厨房へ向かった。そこには茶道具一式があった。いつの間に用意していたのだろう。

 湯を沸かし、ポットに入れると、リエルは隅に残っていたワゴンを使い、応接室へ戻った。

「茶道具が残っていたのか……」

「私も昔この屋敷におりましたから、どこに何があるかは何となく記憶しておりましたので」

「なるほど」

 リエルはお茶を淹れると、持ってきていたハチミツを入れて混ぜた。自分の分も入れて、先にアレクシスに差し出す。

「うん、やはり合いますね」

 先にカップに口をつけて飲んで見せてから、アレクシスに勧める。

「ではいただこう」

 アレクシスもカップに口をつける。

 それが彼の終わりの始まりだった。



 冷たい水が頬に当たって目が覚めた。眠っていたのか。悪い夢は見なかったのだから良しとするか。しかし雨漏りでもしているのか?

 アレクシスは周りが真っ暗であることに気づき、いつの間にか夜になっていたのか、毒薬を持って早く帰らないと。と体を起こそうとしたがうまく動かない。

「目が覚めましたか、アレクシスさま」

 カンテラの灯りの中にアレクシスを見下ろすようにリエルが微笑んでいた。

「リ……エル……?」


身体の下は石畳だ。応接室ではないことをぼんやりと認識する。

「ここ……は……?」

「ここはあなたも知らないこの屋敷に隠された地下通路です」

「地下……?」

「ええ。タンドール伯爵家の直系だけに知らされる秘密の脱出路ですよ」

 

 そんなものがあったのか?知らない、聞かされていない。

 

「タンドール伯爵家のものでない私が知っているのが不思議ですか?聞いたのですよ、直系の方から直接ね」


 直系、だと?


「そうです、亡きタンドール伯爵家のご令嬢、あなたが殺したセリス・タンドールからですよ」


 セリス?セリスだと?


「さあ、彼女の恨みを晴らす時が来ました。セリス、もういいよ出ておいで!」 


 ひたひたと濡れた足音が聞こえる。

 恐怖に満ちた視線をアレクシスは暗闇に向けた。


「アレクシス……」

「セリ……ス……?」


 暗闇の中に浮かび上がる白いドレスを着た亡き妻を見て、アレクシスは腰を抜かした。

 私はこれでもかと悲しみと怒りを込めて、彼へ言葉を投げた。


「私のお父様まで殺したのはどうして……?」


 恐怖でぐちゃぐちゃの表情の彼に詰め寄る。

 死んだ妻に詰め寄られることの恐怖にもだえ苦しみなさい。簡単に楽にはしてやらないわ。


「アレクシス……私のお父様をどうして……?」

「わ、私は殺してない……!おまえが森の邪教徒たちに攫われた可能性があると言ったら、勝手に飛び出していったんだ!私のせいじゃない!森で魔獣に会ったのが運が悪かったんだ!」


 なんですって……?


 それはお父様が森で死んでしまうこと前提のウソではないの。なんという外道なことを……!


「おまえは死んだはずだ!なぜここにいる……!私の前にいる……!」

「あなたに復讐するために決まっているでしょう……?そこにいるリエルは私の幼馴染なことは調べたのよね?そしてあなたも知る通り、彼は優秀な呪い師なの。こうして霊体になった私をこの世に縫い留めておくことができるくらいに……ね。そして、彼に手伝ってもらって、やっと今日を迎えたわ」


 アレクシスの瞳が大きく見開かれ、口元がわななく。恐怖に支配された顔に、かつての冷酷さはもうない。

 地下通路の天井から落ちてくる水音がやけに大きく聞こえる。


「セリス。仕上げにかかるか?」

「リエル、せめてあのお茶の種明かしくらいしてあげて。彼、このままじゃどうしてあなたが何ともないか分からないままよ」

「ああ、めんどくさいけどセリスが言うなら」


 リエルが腰を抜かしたアレクシスの前に膝をつき、にんまりと笑う。


「あなたと私がさっき飲んだお茶もハチミツもすべて同じものです。ただ一つだけ違ったのが、あなたのお茶は沸騰した湯で作られ、はちみつがよく溶けた。私のお茶はぬるま湯で、はちみつは混ぜていないのではちみつは溶けずにカップの底に沈んだままだったのです。不眠の方に使う睡眠作用入りのハチミツなのですが、あなたにはことさらよく効いたようですね」

 あのはちみつには睡眠作用が仕込んであった。それを同じものをリエルが飲んだからと疑いもせず飲んだこの男のミスだ。寝不足が祟って、判断力も落ちていたのだろうけど、貴族としては危機管理がなってないわね。

「それで眠ったあなたをここへお連れしました。伯爵家を継ぐのなら知っておかないといけないことだからです。ああ、でももうそれはないですね」

「ど、どういう意味だ……!」

「人を殺した報いを受ける時が来たということですよ」


 リエルの殺意を隠さない笑みと、私に挟まれ、完全にアレクシスは恐怖の底に落ちていた。


「た、たすたす……助けてくれ、謝るから……!」

「謝られても、セリスも先代伯爵も、あなたの父上も帰ってはこないのですよ。外の世界で処刑されるか、今ここで復讐されるかしかあなたには残っていないんです」

 

 リエルの断罪に、アレクシスの顔が絶望に満ちる。

 

「外の世界での処刑よりはここで果てたほうが、あなたの実家にも迷惑は掛からないでしょう?」

「い、いやだいやだいやだ……!!死にたくない……!!」

「それすら言えずに死んだセリスの気持ちのほうが俺には大事だ!」


 リエルの怒りに満ちた怒鳴り声に、アレクシスが黙り込む。


「こ、こうするしかなかった……私がタンガー伯爵家かタンドール伯爵家を継ぐためには……!」

「そのために3人も殺した罪は罪だ。許されない。この毒はさしずめ、地下にしまい込むんじゃなくて、兄に使うつもりだったのではないのか?」

 

 リエルがアレクシスの眼前に突き出した青い粉の輝く小瓶に、彼の瞳が泳いだ。

 やはりそうか。兄も殺して、実家の家督も合わせて奪うつもりだったのか。確か、兄夫婦にはまだお子様はいなかったはずだ。

 ならば、未亡人となった夫人を実家に帰してしまえばいいと思ったのだろう。


「セリス、もういいか?」

「ええ、そうね。もういいわ」


 私の言葉に、リエルが小瓶の蓋を開けた。

 アレクシスの瞳が更に恐怖に染まっていく。

 小瓶がリエルの持つカンテラの灯りに照らされて青く光った。

 

「さよならだ、外道」


 リエルがアレクシスの顎をぐい、と持ち上げ、無理やり口を開かせ、口の中に粉を落とし、水路から手のひらで水をすくって彼の口へ流し込んだ。

 そしてそれを飲み下したアレクシスの表情がすぐに苦悶そのものになった。

 

「ウガァ……ウアアアアアアア……!!」

 

 立ち上がることもできずに彼はそのまま水路に顔を落として転がった。

 もうピクリとも動かない、水に半分顔をうずめたアレクシスを私とリエルは並んで見下ろした。


 ああ、死んだ。やっと終わった。


 私は私とお父様を殺した外道に復讐を遂げたのだ。

 罪の意識?

 そんなものはない。あるとするなら、リエルへの申し訳なさだけ。

 私の復讐のために、彼の命をどれくらい使ったのだろうか。

 それだけは本当に申し訳ない。

 彼に刻まれた黒い呪いの刻印はまだ消えていない。いや、消えることはないのだと知っているから本当に申し訳なくて。

「終わったな」

「ええ……」

「ここはこのままこいつを放置していていい場所か?」

「構わないわ。誰も知らない場所だもの。このまま、ここでアレクシスは天に上るための祈りも捧げてもらえないまま、地獄へ落ちるのよ」

 リエルがアレクシスの死体をごろりと水路へ転がした。その苦悶に歪んだ死に顔にやっと溜飲が下がったのは、リエルも同じだったみたいだ。私たちはきっと同じ微笑みを浮かべていた。 



 それから、リエルは偶然を装い、魔の森の湖に浮かぶ私のネックレスを見つけたと騎士団に届け出た。

 本当にこれは奇跡のような偶然で、リエルが蒼月草と苔の採取に湖に行ったときに、湖畔に流れ着いていたのだ。持って帰ってきて私に見せてくれて、間違いなく私のものだと言った。

 騎士団にネックレスを持って届け出に行ったときに、たまたま以前森で出会ったヘラクレス・ゴードンがいてくれたことで話は早かった。

 ネックレスがセリス・タンドールのものであると証言してくれたのは、アレクシスの兄、レオナルドさまだった。婚儀の時に私がつけていたネックレスで間違いないと。

 ならば、今、墓に埋められているのは誰だ?

 と当然ながら騒ぎになり確認のために複数人で私の墓を開けることになった。

 私の名が刻まれた墓を開けたが、そこには当然ながら私の遺体はなく、葬儀は偽りであったこと、そして湖からドレスを着た白骨死体(私だ)が見つかったことで、アレクシスが指名手配されたが、当然彼は見つからない。あの地下通路のことを知っている人間はもう生きている中ではリエルだけなのだ。

 リエルが、アレクシスへギルド経由で手紙を出していたことを聞かれた時には、以前、夢喰茶葉の作成依頼書が役に立った。アレクシスから茶葉の依頼があったので、作ったが取りに来ないのでどうしたものかと悩んでいる、と言えば、仕事が無駄になったことを同情された。



 これで全部終わった。


 私は私の行くべきところへ行かなくてはならない。

 1つだけ気になっていた実家のタンドール家については、家督を継ぐはずだったアレクシスの失踪により、かつて我が家で行儀見習いをしていたリエルが王命により貴族籍に復帰し、新興子爵となり継いでくれることになった。名は改めても良かったのに、リエルが「恩人の名を引き継がせていただくほうが嬉しいのです」と、そのままタンドールを名乗ってくれることになった。

 伯爵から降爵になったことは、今の私には思うところはない。

 それよりもリエルがあの屋敷と領民たちを守ってくれるのなら、それはとても安心できることだった。


 そして旅立つ時が来た。たぶんここから行けるのだろう、と私が訪れたのはあの湖だった。


「やっぱりここに来たのか」


 そこで私を待っていたのは、きちんとした正式な貴族服を纏ったリエルだった。


「ええ、そろそろ行くわ。上から呼ばれているのが分かるのよ」

「そうだな。もうお前は行かないといけない。だからせめてその前に別れを言いに来た」

「ええ。リエル、ありがとう。たくさんたくさん、私を助けてくれてありがとう」

「いや、俺も救われたんだ。おまえの死の真実を知らないままじゃなくてよかった。迷わず行けよ、セリス」

「ええ。……ああ、あと一つ。これだけはあなたに私の言葉で伝えたいの」


 私の体が透けていく。もう少し、もう少しだけ待って。


「あのね、リエル。大好きよ。……知っていたかもしれないけど、言葉にするのは初めてね」

「……ッ!」

「あなたが私の初恋だったの。だから、私、あなたに助けを求めた。あなたなら私の復讐を理解してくれるって」

「……ッ、あたり、まえだ……ッ!俺も……俺も……!ずっとあのころから……!」

「ええ。リエル。どうかタンドール家をよろしくね。そして幸せになって。ううん、これは私からあなたへの呪いよ。誰よりも……誰よりも幸せになりなさい」


私の最後の心からの微笑みをあなたに。

ちゃんと私は笑えているかしら。あの幼いころ、一緒に遊んだ頃のような微笑みを最後にあなたに向けられているといいのだけど――。


「セリス……!俺も……俺もおまえのこと……!」


ええ、知っていたわ。

だから言い方は悪いけど、利用したの。

あなたなら、あなただから、私の復讐を預けられると。


「ねえ、これが約束した、あなたのこれから生きる理由になるかしら?」

「……ああ!おまえが大事にしていたタンドール家を俺がこれからも守っていく。それが俺の生きる理由になる」


 ああ、もう行かなくちゃ。

 ばいばい、リエル。もし、来世で会えたら、今度こそ私の旦那様になってね。


 そして私はやっと本来魂がいくべき場所へ導かれた。


 終

悲恋で終わる初恋を書いてみたかったので、こんなのになりました。二人は来世できっと結ばれます。

楽しんでもらえたのなら嬉しいです。

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