中編
リエルの呪いのために必要なものを採取に一緒に魔の森へ来た。「私」が沈んでいる湖とは反対側の入り口のほうにしかない薬草らしい。良かった、できればあちらには近づきたくない。リエルには、あちらに「私」が沈んでいることは言ってあるが「いずれ湖底から引き上げる方法を考えるよ」と約束してくれただけで十分だ。
「ああ、あった」
リエルが摘んだのは「夢喰草」と言われる、文字通り悪夢の威力をさらに加速させるためのものだ。
悪夢を媒介に、標的の魂を少しずつ喰う呪いに使うものだとリエルが教えてくれた。
「こいつがあれば、もうちょっとねちねちと苦しめてやれる」
「楽しそうね、リエル」
「これだけ遠慮なくやれることなんてまずないからな」
「まあ好き放題やって頂戴」
「そうさせてもらうさ。簡単に楽にはさせないけどな」
夢喰草を採取していると、馬の声がした。この森に人が来ることなんて珍しいから警戒していると、騎士らしき人が騎乗したまま寄ってきた。全身から警戒オーラが発せられている。
「何者だ?」
騎士の問いかけにリエルが立ち上がり頭を下げる。
「これは騎士様。お勤めご苦労様です。私は街で呪い師を生業としているリエル・クリスと申します。今日は仕事に必要な薬草を採取に参りました」
「名前は聞いたことがあるな。先日、この森で発見されたタンドール伯爵の検分をしたとか……もともとは貴族籍であったと記録を見た覚えがある」
「はい。今は家を出て市井で平民としてつつましく生きております」
騎士に私の姿は見えない。リエルの隣にいても、こちらに注意を払うこともない。
「聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「この森で何か見なかったか?」
「何か、とは?」
「人の気配とか、そういうものだ」
「いえ、特には。この森に近づく街の者は、私のような呪い師や薬草目当ての錬金術師や冒険者くらいでしょう。騎士様は何をお探しなのでしょうか?教えていただければ、何かしら記憶に引っかかることがあるかもしれません。見ての通りここには私しかいませんし、何を聞いても口をつぐんでおくことをお約束します」
リエルの誘導に騎士が少し考えてから口を開く。
「では、聞きたい。この森に毒の材料となるような……毒の痕跡が残らないような毒を作れるものは自生しているか知っているか?」
「毒……ですか。そうですね、ございますよ、例えばこれです」
リエルが無造作に足元にあった草を抜いて見せる。
「これは微香草と言いまして、少量でしたら腹痛や頭痛に効く薬になりますが、大量に煮詰めたものでしたら腹を下す毒になります。ただ、有毒さは後には残りません。薬として使用されたような痕跡くらいなら残るかもしれませんが」
「……」
「それからこちらは……」
リエルが籠の中の夢喰草を見せる。
「これは夢喰草といいまして、我々呪い師がよく使う薬草です。効果は、乾かして香りを出し、それをお茶にすると不眠の方にはよく効く薬になるのですが、これもまた使いすぎると精神を蝕んでいくので、毒と言えば毒でしょうね。これの使い過ぎで自殺なども聞いたことがあります」
「つまり、この森には人の体を蝕む毒が色々あると思ってよいということか?」
「そうですね。もう少し奥に行くと、直接的な効果のある毒草もあるはずです」
「そうか……」
「詳しいことは、城勤めの錬金術師や薬師の皆様のほうが知ってらっしゃるかと。この森のことについてはまだまだ分かっていないことのほうが多いと聞いたことがありますが、騎士様はそちらのほうを知りたいとお見受けしました」
「……ここだけの話にしてほしいのだが」
「はい」
「先日亡くなられたタンガー伯爵を知っているか?」
「名前だけは存じております」
それは私にとっては、一日だけ、いや半日足らず義父だった人だ。亡くなったって?
「死因は心臓の発作という発表だが、毒殺の疑いが出て来たのだ」
騎士の口から、毒殺、という言葉が出た瞬間、リエルの持つ夢喰草が風もないのに揺れたのは、彼の心の小さな動揺がこぼれたのだろう。
「毒殺……ですか?」
「ああ。だが、毒の痕跡はない。だから、もしその痕跡を残さない毒を用いられたというのなら、捜査をし直す必要があるので、そういったものがあるのか今騎士団が手分けをして探している」
「そうなると、私ではこれ以上お役に立てることはなさそうですね。そういった専門的なことでしたら、やはり薬師の方のほうが詳しいと思います」
「そうだな。いや、助かったよ。今後また何かあったら相談したんだが、街へ行けば良いのかな?」
「呪いギルドで、リエル・クリスを指名してもらえれば」
「ではそうさせてもらおう。この森には、邪教の本殿があるという噂があるから、あまり一人で来ないほうがいいぞ。俺は第5騎士団のヘラクレス・ゴードンだ」
「ありがとうございます。必要なものは採取しましたのでもう帰ります」
馬を駆って森を出る騎士を見送ったリエルは振り返らずに私に話しかけた。
「聞いたか、セリス」
「ええ。正直、大して話をしたこともない義父だったけれど、このタイミングで死んだのはどう考えても怪しいわね」
「……しかも毒殺の疑いだ。セリス、帰ったらおまえが飲まされたという毒の特定のために話を聞かせてくれ」
「分かったわ」
もし、義父が……タンガー伯爵が毒殺されたのだとしたら、あの人は妻だけでなく親殺しまでしたのかもしれない。どんな狂気を持っていればそんなことができるのだろうか。
リエルの家に帰ってきて最初にやったことは採取してきた夢喰草の根を千切ることだった。籠いっぱいの夢喰草の根だけを千切って風魔法で乾燥させてすりつぶす作業だ。根より上の葉と花の部分は、あの騎士に言っていたようにお茶にしてギルドに卸すらしい。
実際、呪いギルドではよく売れる商品の一つらしく、リエルが作る夢喰茶葉は人気があると聞いた。
「たぶん、俺の読みが確かなら、これをあいつも買いに来るはずだ」
「あいつって、私の夫?」
「ああ。もう俺の夢呪いは発動してる。今は悪夢ばかりで寝不足な毎日だろうさ。だからこそ安眠を求めて呪いギルドに来るはずだ。そして、この茶葉を求めるだろう。俺の作った茶葉は効果があると人気があるからな。だからこいつにちょっとした強めの毒を仕込む」
「他に買っていく人には障りはないの?」
「安心しろ、その毒は愛妻家にしか効果がないように呪いを仕込んでおく」
愛妻家、という言葉に彼の抑えきれない怒りがにじんでいる。
本当の意味での愛妻家、という扱いではないことはにじんだ怒りで分かった。
「分かったわ、リエルに任せるって約束したものね」
「ああ、任せてくれ」
茶葉にリエルが乾燥のための風魔法をかける。
「これが呪いの引き金になるんだ」
そこからどうするの?と聞くとリエルはにんまり笑った。
「呪いは、濃さの塩梅が大事なんだ。今回は、多くても少なくてもいけない。あいつを簡単に楽にはしてやらない。まずはじわじわ夢の中に侵食してやらないとな。せっかくセリスがくれたこの札があるんだ」
私の部屋のベッドに貼られていた札の上に出来上がった茶葉を乗せると、その上に燃えない布をかけ、夢喰草の乾かしてすりつぶした根を小さく山盛りにすると火をつける。乾いた根はすぐに燃え尽きて、後には炭が残った。
「こいつを少しだけ混ぜる」
「焦げ臭くならない?」
「これが不思議なことにそうはならない。むしろ、見たい夢を見させる効果がつくんだよ」
へえ、それはすごい……。美味しいものをたくさん食べる夢とか、きれいな空を飛ぶ夢とか良いなぁ。もう私は眠ることなんてないから夢を見ることもないけど。
もしもう一度眠って夢を見られるのなら、リエルのそばで眠って幸せな気持ちで起きる夢を見たいな。
……もう決して叶わない願いだけど、思うだけなら幽霊にも許されるでしょう?
「よし、できた。あとはギルドに持っていくだけだ」
「ねえリエル。私もギルドについて行っていい?」
「あー、ちょっとやめといたほうがいい」
「え?」
「呪いギルドにいる呪い師には、おまえが見えてしまう可能性もあるから」
……そっか、それならダメだ。
「じゃあおとなしく留守番してるわね」
「ああ」
できるだけ早く戻るから、と言って、リエルは街の中心部にあるギルドへ出かけて行った。
この国には冒険者ギルド、商業ギルド、呪いギルドの3つの大きなギルドがあり、そのギルドの下に鍛冶ギルドや薬師ギルドなどが、それぞれの特性に近いギルドで買い組織として成立している。
呪いギルドの下には魔術ギルドや薬師ギルドがあり、最近では錬金術ギルドも加わったと聞いていた。
リエルは呪いギルド所属の呪い師で、ギルドマスターでこそないものの、それに近い地位はあるらしい。
生まれ育った家を出て、自力でそこまでやってきたリエルのことを素直にすごいと思った。
その頃アレクシスは、毎夜の不眠と悪夢に悩まされ、げっそりとしていた。
眠いのに、眠ると決まって悪夢に囚われる。
どうにか安眠する方法はないものか、と色々と調べて、呪いギルドで販売している安眠のためのお茶が効果があると聞き、自分の足でギルドの直営販売店へ向かった。呼びつけても良かったのだが、今はタンドール伯爵家を継ぐことを発表したばかりで悪目立ちは避けたほうがよい、と思い、仕事の合間に店へと向かった。
店は賑わっていて、買い物客も多い。目立つことはないだろう。
店内には仄かに薬草のような香りが漂っていて、少し呼吸がしにくいように感じた。
「すまない、安眠できる茶葉があると聞いたのだが……」
アレクシスの目の下のクマの濃さを見た受付カウンダ―の職員が、ひときわ大きな商品棚を指す。
「不眠にお悩みなら、あそこに置いてある、夢喰茶、という茶葉が一番人気ですね。今日、新しく入ってきたばかりですが、作ったのが人気のある呪い師なので、そろそろ売り切れになりますよ」
確かに、夢喰茶葉、と書かれた商品棚にはすでにかなりの空きができていた。アレクシスは茶葉を手に代金を払うと、足早に店を出た。店の隅からの視線にも気づくことなく――。
家令に頼んで、眠る前に飲みたいと夢喰茶を淹れてもらった。
少し青臭い香りがしたが、元々は薬草らしいしその匂いが残っていても不思議ではないだろう。
アレクシスは何の疑問も持たず茶を飲み干すとベッドに入った。
……灯りを落とした暗い部屋に、やがて寝息が響き始めた。
……金の鈴の音が、どこか遠くで響いていた。
目を開けると、眼前には眩しいほどの光。
机の上には、金貨の山。領地の民も幸福そうに笑い、誰もが彼に祝福を送っていた。
――すべてが理想の未来だ。
アレクシスは深く息を吸い、手のひらで金貨を掬い上げ、胸の奥に久しい安堵を感じた。
――そう、これが自分の未来なのだ。こうあるべきなのだ。
だが、次の瞬間。
掌の金貨がゆっくりと溶け始める。
光沢がくすみ、泥へと変わり、手の隙間からぼとぼとと零れ落ちていき、泥の下から、女の白い手が現れた。
指先に絡むのは――見覚えのある彼女のネックレス。
『……アレクシス』
耳元で、誰かの声が囁いた。ノイズ交じりの男か女か分からない声には深い怒りを感じた。
目を見開いた彼の視界が、黒に塗り潰される。
いや、黒ではない、濃い群青色だ。まるで水の中のような……。
翌朝、目を覚ますと、やっぱり汗だくで心臓が喧しかった。
安眠どころか、途中覚醒しなかった分、悪夢が深くて気分が悪い。
「はぁ……なんだよ、不良品じゃねーか……!」
と悪態をついたが、その夜も一応茶を飲むと、今度は夢も見ずに朝までぐっすり眠れた。
ただ、目覚めると少し心臓が痛むような気がした。
その夜も茶を飲んで眠ると夢は見なかったが、やはり起きると胸の奥がざわつき、吐きそうになるほど気分が悪い。
しばらく続いていた寝不足の影響が出てきたのだろうか。
伯爵家の領地についての勉強もしないといけないのに、やる気にならない。
妻の実家だった伯爵家の家督を自分が継ぐのはもう決定事項だが、ある程度の準備が必要なのはわかっている。
すでに実家を継いだ兄のレオナルドに何度も口酸っぱく注意をされなくても――俺ならやれる、やれるんだ。
「どんな感じなの?」
「だいぶじわじわやられてるな。この呪いは少しずつ、深層心理に効いてくるんだ」
「深層心理?」
「ああ。あの男が、おまえを殺し、伯爵を殺し、自分の父まで殺したとする――それなら、少しは深層心理で感じるものがあるだろう。それが言い訳だとしてもな」
「言い訳?」
「ああ。『相手を殺さないと自分が殺される』とか、『生きるためには仕方なかった』とか、ろくでもない言い訳だ。罪の意識、とでもいうのかな。それが棘になって、深層心理に刺さっているなら、俺の呪いはじわじわ効いてきてる段階だ」
「罪の意識……あの男にそんなものあるのかしら」
「さあ、それは分からない。でも可能性はあるさ。本人が気づいてなくてもな」
善だろうと悪だろうと、人間らしさ、が欠片でもあるのならその棘はこれからじわじわと大きくなり更に深く刺さるだろう。そうなった時が復讐の仕上げだ。
「しばらくは、あのお茶が効いているようになるが、もっと深い安眠を求めて来た時、俺を訪ねてくるはずだ。その時までに、おまえと、おそらく自分の父親を殺した毒の正体を突き止めておきたい。協力を頼む」
「もちろんよ」
あの小瓶に入っていた青い粉がきっと毒薬だった。
引き出しの奥深くにあったあの冷たい青い粉はやけにキラキラしていて、その輝きが嫌なものに感じて、とても禍々しいもののような気がして、思わず彼を問い詰めてしまって無理やり飲まされて殺されたのよね。
「それじゃあ明日は一緒に王宮図書館へ行こう。王宮図書館ならまず呪い師は近寄らないから、おまえの姿が見られる心配はない」
「それは助かるわ、ありがとう」
そして翌日、私とリエルは王宮図書館へ向かった。
こんな状況でなければ、リエルとデートをしているみたいで少し嬉しかった。
彼と一緒に歩く街はこんな姿になっても良いものだった。本当は生きているときにこうやって連れだって街を歩いてみたかったな……。
街を歩く年若い夫婦の姿を見て、ふとあのころの気持ちを思い出した。
リエルが行儀見習いで我が家にいた10代の頃は、いつかリエルと結婚して、2人でタンドール伯爵家を盛り立てていくのだと幼いながらに思っていた。だけど、リエルが市井に降りて平民となったことでそれは叶わぬこととなり、お父様が改めて調えた婚約が同じ伯爵家の家格のタンガー家の次男のアレクシスだった。
向こうの家は兄であるレオナルドさまが継ぐということで、次男のアレクシスの婿入り先を探していたタンガー伯爵が年回りもちょうどよいからと私へ持ってきた話だった。
初対面の時はとても朗らかで気遣いのできる青年だと思った。
それに勉強熱心で、領地経営のこともきちんと知りたいと言ってくれたので、婚約を了承したのだ。心に残る初恋のことは蓋をした。彼がどこにいるのかは知っていたけど、もう二度と会うこともないと思ったから。
それなのに、今はどうだ。
彼の命にすがり、糧とすることでこの世に繋がれている私が、あまりにも哀れで滑稽だ。
だが、それでもあの男に報いを与えないと、安らかに眠ることなど無理だ。
王宮図書館の中はそれほど人はいなかった。
私はフワフワと飛ぶようにしてリエルの後をついていく。
静まり返った図書館の中、私たちは毒物の記録書を探すことにした。
――青く輝く粉末。
心臓を止めるのに、毒の痕跡を残さない薬。
おそらくそれを作ったのは、森に潜む邪教徒たち。
どういう経緯でそれをあの家が持っていたのかは興味もないが、あの毒は、私と彼の父の命を奪った。
私の父は魔獣に殺されたとのことだから、おそらく何かしらの理由で魔の森へ誘導され、そこで魔獣に遭遇するという事故に遭ったのだろう。
「……これかもしれない」
リエルが探し当てたのは、とても古い文献だった。
魔の森の植物
そのタイトルの本をめくっていたリエルが指し示したのは葉も花も、根まで青い薬草だった。
「蒼月草、か」
記された自生場所はできれば私は近寄りたくない場所だった。
水辺にしか咲かない花。つまり「私」が眠るあの湖の湖畔に咲いているのだ。
その花は単体ではただ美しいだけの花だが、他の材料と掛け合わせることで強力な毒となるらしい。
文献に残るのは、蒼月草を乾かし、魔の森にある石に発生するコケを乾かして一緒にすりつぶすと、真っ青な色をした粉の毒となるという。それは使われた人間の心臓を止め、痕跡も残さないという、暗殺や自決に特化したもので、今では幻の毒となっているようなものらしい。
確かに今ではもっとお手軽な毒薬も色々ある。わざわざ、危険のある魔の森に入って材料を採取してくる者などいないだろう。
月光を吸って青く光るその粉は、飲む者の心臓を沈黙させ、魂を月に捧げる――と古文は記していた。それはとても美しいけれど絶望的な一文だった。
それから帰宅して、リエルがまた茶葉を作るのを見つめる。手際よく作られていく茶葉は、彼の想いが込められた復讐の切符だ。
「あの文献の毒を、あいつが持っていたのだとしたら……」
「そうね、確かにあの小瓶に入っていたのは真っ青な粉だった。そんな今では簡単に手に入らないようなものをどこから……?」
「タンガー伯爵家はそれなりに歴史のある家だ……。そういった古いものもあっても不思議じゃないかもな。よし、できた。俺はギルドに次の夢喰茶葉を卸しに行ってくる」
「分かったわ、行ってらっしゃい」
私の行ってらっしゃい、の声にリエルが柔らかく微笑む。それは昔一緒に泥だらけになって遊んでいたころの笑顔を思わせた。
ギルドに茶葉を卸しに来ると、受付カウンターで顔見知りの受付係に呼び止められた。
「あの、クリスさん。少し相談が……」
「なんですか?これでは茶葉が足りませんでしたか?ちょっと今材料がなくなったんですが……」
「いえ、クリスさんの夢喰茶葉は人気があるので基本的に品薄ではあるんですが、定期的に卸してくださるので、長期間品切れにはならないことはお客様も皆さん分かってらっしゃいますから大丈夫ですよ」
「なら良かった。では他に何か?」
「ギルドマスターから、クリスさんが来たら呼ぶようにと言われてまして」
「分かりました。このままギルマスの部屋へ行けば?」
「はい、お願いします」
「ではお邪魔しますね」
リエルは二階のギルマスの部屋のドアをノックした。
「ギルマス、リエルです」
「おお、来てくれたか。入ってくれ」
「失礼します」
ギルマスの部屋に入ると、古びた書類の山の中で、老練な男が顔を上げた。
「リエル、よく来てくれた」
「お呼びだと伺いました。何かありましたか?」
「……ああ。実はな、ひとつリエル宛に指名依頼が入ってきた」
「指名?俺に?」
「ああ。おまえの茶葉が気に入ったそうだ。アレクシス・タンガー。いや、じきにタンドール伯爵か。彼から、直接お前を名指しで依頼が来た。内容は安眠のための茶葉を効果を強くしたものを作ってほしい、とのことだ」
ギルマスは指先で依頼書を押さえた。そこには、封蝋を開けた依頼書があった。
きた。
待っていた。この時を待っていたのだ。
「指名はありがたいですが、今材料がないので採取に行かないといけないんですが……」
「それも依頼に含まれているようだ」
「含まれて?」
「ああ。依頼書に“原料の採取も作成者にやってもらい、それに同行したい”とある」
「……同行、ですか」
「そうだ。魔の森にしかない原料だということは伝えたし、了承も得ている」
リエルの目が細められた。
「……確認ですが、王命ではないのですね?」
「いや、王命ではない。だが、彼は貴族だ。ギルドとしても断ることは簡単にはできん」
「なるほど……」
「それで受けるのか?」
「はい。どうせ夢喰草の在庫が切れたところだったので行かないといけないところだったんです。それに指名なら、今後の仕事にもつながるかもしれませんし」
リエルは依頼書の封書を受け取り、深く一礼した。
背を向けるとき、その目には一瞬、烈しい光が宿る。
(ようやく――お前の罪を暴ける)




