第10話 クラーレ
森に侵食された廃都を、一人の女性が走り回っていた。
(トリスに言われて来たは良いものの…)
彼女はあたりを見回すと、小さく言葉を吐露する…
「…完全に迷ったな…これは…」
(どうしよう、どうしよう〜!間に合わなくなっちゃうかもぉ…)
(ここら辺って事は"見えた"から分かるんだけど…詳細な位置が分かんないよぉ〜)
彼女は、少し前の会話を思い出す。
─────
クルト
「…トリスぅ〜手紙が届いてたよぉ〜」
トリス
「むっ?これは…セレス殿からか。どれどれ…」
トリスは手渡された手紙を開き、中を一文一文、丁寧に読んでいく。
「ふむ…なるほど。助けが要るとの事だな。どうやら、縛鎖関連らしいぞ?クルト殿。」
クルト
「…なんだってぇ〜!?ついさっきその話をしてたのに…先を越されちゃったかなぁ〜。」
「それで…何を頼まれたんだい?トリス。」
トリス
「皇都へ行って、黒い結界を壊して入ってこい…との事だ。探偵殿からの伝言らしい。」
クルト
「…何処からそういう情報を手に入れてくるんだろぉ〜」
トリス
「…どうやら、クルト殿もお呼ばれしているようだぞ?」
クルト
「私もかい?…もしかして別の件かな?」
トリス
「今度は混沌関連らしい…現地で、ヴィクトル殿が時間稼ぎをしているから、今すぐ来て欲しい…っと。」
クルト
「なるほど?…でぇ〜何処なんだい?」
トリス
「それは"見れば"分かると…書いてあるな。」
クルト
「…そんな安く無いんだけどな…僕のこれも…」
クルトは目を瞑りながら…"ソレ"を発動する。
ピンッ…
クルト
「…カリュード…か…」
トリス
「確か、アスペリア皇国とルナヴィータ王国の中間に位置していた…元交易街だったな。」
クルト
「細かい所は分かんないけど…とにかくそこに行けって事だね!」
トリス
「そうなるな。はぁ…ここから、いくら距離があると思っている…?少なくとも、馬車や共和国産の魔導車では間に合わぬな…」
クルト
「つまり…走って来いって事ぉ?疲れるなぁ〜」
トリス
「まぁ仕方が無いだろう。せっかくのチャンスだ。掴まねば恥というもの」
─────
「…トリスはもう着いたのかなぁ〜?僕ももっと頑張んないと…」
そうして、彼女は再度、全力で走り回り始めた。
***
トリス
「…初めましてだな?縛鎖のセクメトよ…」
セクメト
「いやなタイミングね…それより貴方…どうやってこの結界を壊したの?」
トリス
「……?普通に突き壊しただけだが?」
セクメト
「普通…ねぇ。私の結界って実体を持たないから、物理攻撃じゃ壊せないはずなんだけど…」
トリス
「何を言っているのだ?そこに"ある"のだから壊れるのも必定だろう?」
セクメト
「トンデモ理論ね…ほんと、貴方みたいな出鱈目な人…理屈が通じなくて嫌になるわ…サブリーダーさん?」
トリス
「お褒めいただき感謝する。それと、これは相性の問題だ。」
セクメト
「なるほど…そういう"力"って事ね。と言うか、褒めてないんだけど…」
トリス
「ふふ…知っているさ。なに、少しからかいたくなっただけだとも…」
セクメト
「良い性格してるわね…それで?貴方が来た所で…この二人がピンチな事は変わらないよ。
動いたら殺すわ…さぁ、どうするつもりなの?」
その問いかけに、トリスはピクリとも動かない。
「随分…薄情なのね……本当に殺しちゃうわよ?」
トリス
「…先程から…貴様は何を"見て"いるのだ?」
セクメト
「………?」
トリスのその言葉と共に…目の前のアルセリオとレオナールが音も無く崩れ…トリスの側に現れる。
セクメト
「……何を、したの…?」
トリス
「何もしてなどいないさ…貴様が勝手に"誤認"していただけだろう?」
セクメトの瞳が一瞬だけ見開かれ、眉間に皺が寄る。その次の瞬間、唇が吊り上がり、吐き捨てるような声が響いた。
セクメト
「…やっぱり嫌いだわ、貴方。」
アルセリオ
「…マジでどうなってんだ……?視界が閉じたと思ったら、いつの間にこんな所に…」
レオナール
「よく分からないぞ…」
セクメト
「まぁ良いわ…一人増えたところで変わらない…まとめて消すだけよっ!!!」
「《氷華輪舞》!!!」
レオナール
「またさっきのっ!?トリス殿!!気をつけてくれ!!操り人形みたいに吹き飛ばされるぞ!!」
アルセリオ
「最初に拘束されて、一歩毎に不規則に飛ばされる…って事だ。」
トリス
「ふむ…承知した。任せると良い…」
パチンッ…!
再び氷紋が地を走り、鎖のように絡み合いながらトリスの足元へと迫る。
渦を描く氷の舞踏会が、ゆっくりと、しかし確実に全方位から締め上げていく──。
アルセリオ
(やばい…これじゃさっきと同じ…!)
一歩…
トリス
「……確かに、身体の自由が効かんな…面白い。だが、圧が足らん…」
フィンッ…!
トリスが無理やり拘束を破った事を合図に、残り二人の拘束も解け…そのまま地面へ着地する。
セクメト
「……本当に理解できない…」
二歩…三歩…継続して歩を進めるが…何の変化も起こらない。
セクメト
「こうなったら大盤振る舞いよ!!
──《氷爆龍》!!」
先程とは打って変わって…数え切れないほどの数の氷爆龍が現れる。
体長が大きく、アルセリオたちが一度戦った形状のもの。逆に小さく…細く、明らかに速度に特化した形状のもの。その場から動かない…固定砲台のような形状のもの。
アルセリオ
「トリス!コイツは攻撃時に水流化するから、物理攻撃だけだとあまり効果が無っ……」
パァァアアンッッ!!!
「…いはずなんだがな…」
聖槍が、一度にヒュドラスたちを有無を言わせず粉砕する。
トリス
「…情報提供ありがとう…確かに今、一瞬受け流される手応えがしたな…アレの事か。」
アルセリオ
(…あくまでヒュドラスの水流化は、本体の視認ありきの芸当…つまり、奴が視認し反応するよりも速く攻撃すれば、理論上は氷を砕いて倒す事は可能…可能なんだが……)
(普通出来るかっての…)
セクメト
「ほんっとうに出鱈目ね!!嫌になっちゃう!」
トリス
「ほら、皇城にて…何かデカイものを召喚していただろう?あれは使わないのか?
出し惜しみしている暇など、私が来た瞬間から潰えただろうに…」
セクメト
「言われ無くても…最大の試練をくれてやるわ!!」
セクメト
「──深淵より湧き、蒼き棺を運ぶ者よ。凍てつく潮を裂き、全ての命脈を奪い尽くせ」
「汝が吐息は大海を鎖し、汝が翼は空を凍らす。冠せられし氷冕を戴き、汝の覇を示せ──《絶対零龍》!!」
指先で円を描くように舞うと、その足元から青白い氷紋が放射状に広がる。紋様は水面の波紋のように幾重にも重なり、やがて空気ごと震わせ始めた。
空が急激に暗く沈み、地平線の向こうから低く響く“海鳴り”が押し寄せる。
次の瞬間、地面の亀裂から海水が噴き上がり、その全てが瞬時に凍結──凍りついた波濤は天を衝き、形を変えて巨大な氷の龍と化す。
その龍の鱗は海氷の結晶、瞳は深海の蒼。
口から零れる吐息は、吹きかけられたもの全ての動きを止める絶対零度の嵐だった。
龍は咆哮と共に翼を広げ、その一振りだけで、周囲の大気が砕ける音が響く──
世界は一瞬にして“海底の静寂”へと変貌していた。
レオナール
「…さっきとは比べ物にならぬ程の圧…どうする?アル。」
アルセリオ
「悪ぃが全く思いつかねぇ…トリス、どうにか出来そうか…?」
トリス
「…分からんな。まぁ、何とかなる気はするが。
とりあえず、二人はその場で動かないよう徹底していてくれ。守り切れん。」
アルセリオ
「すまねぇな…足手纏いになっちまって…」
レオナール
「…全く、不甲斐ないばかりだ…」
トリス
「なに、気にしなくても良い。私がこうして駆けつけたのも貴方の伝言のおかげであるからな。探偵殿。」
「…ゆえに、安心して守られていると良い。」
アルセリオ
「そりゃあ…頼もしい限りだな。」
セクメト
「お話は終わったかしら…?それなら、始めるわよ!」
レオナール
「待ってくれていたのか?やはり、優しいのだな…セクメト殿。」
セクメト
「…何処がよ…まぁ良いわ、ネレイス!全力で潰してやりなさい!!」
……グラァァアアアッッッッ!!!!
咆哮と共に、全方位を埋め尽くすかの如く…無数の氷柱や槍…水弾が迫る…!!
ブゥン…
その全てが…3人の身体をすり抜けて霧散していく。
トリス
「やはりな…直感通りだ。それは私の能力の前では通用しない…」
セクメト
「…正確に狙っている筈なんだけど…?」
トリス
「正確"過ぎる"のだよ……正確過ぎるから…偽物を本物と"誤認"する。」
「良い魔術の腕だ…だから私と相性が悪いと言っている。…視覚に頼るな。私の前ではそれが最も悪手となる。」
カチャ…
トリスは、横下へ手を振り下ろすと、その先に…聖槍が顕現する…そしてそれを掴むと、くるくる回しながら前面に構えた。
トリス
「こちらの番だな。さっさと終わらせよう!」
──瞬間…トリスの姿が跡形も無く消える。
シュン…
「《虚像歩行》…こうして気づかれずに接近できるから、中々重宝しているんだ…」
セクメトは声がする方を向くと…トリスは、ネレイスの頭上に立っていた。
「《幻槍》…」
コンッ…
そう言い…トリスは槍を下に優しく一度鳴らした…
──刹那…!
ブゥウウウンッ……!!!
耳が壊れるほどの重低音と共に、ネレイスの身体に…再生不可と呼べる大穴が開く。
空気が弾け、遅れて世界が悲鳴を上げた。
白き龍は何が起きたのかを理解する間もなく、その中心から呆気なく崩れ落ちていく。
トリス
「ほら、探偵殿。なんとかなっただろう…?」
アルセリオ
「…マジ…かよ……」
レオナール
「これは…真似出来ないな…」
スッ…
トリス
「…君には君の強みがあるだろう…?これぐらい、すぐに出来るようになるさ。」
唖然とする二人の真横に、再びトリスが音も無く現れる。
レオナール
「流石に無理だと思うが…」
トリス
(……気づいていないのか…?まぁ、さして急くような事柄では無いから問題は無いか。
それに、いずれ自分で勝手に気付くだろう…)
「さて、これで貴様一人になったが…どうするつもりかね?」
セクメト
「……まだよ…まだ終わらないわ!!」
空を…膨大な量の氷が埋め尽くす…それは太陽の光すらも通さぬ程の密度であった。
セクメト
「死になさいっ!!!」
ドドドドドドドドォォオオンッッ!!!!
セクメト
「はぁ…はぁ…少しくらいは食らってくれたかしら…?」
巻き上がる粉煙が晴れ…3人が居た場所を見やるが…
トリス
「だから無意味だと言っているであろうに…」
セクメト
「………っ!?」
その声は…セクメトの背後から、淡々と…呆れたように口にする。
セクメト
「チッ……!!」
ビュビュンッ……!
振り返り様に、氷槍を"的確"に飛ばす。
トリス
「遂に取り繕わなくなったな…ふふ…その方が似合っているぞ?」
セクメト
(…だめね…冷静にならないと…さっき、確か正確過ぎるって言ってたわ。
もし、彼女の能力が幻影系なら…私の攻撃方法が間違ってる可能性があるわね…)
(最初から私が狙っていたのは、彼女の作り出した幻影の可能性が高い。
つまり、移動したんじゃ無くて、そこに彼女たちが居ると、私が"誤認"していたって事よね。)
何かに勘づいた様な素振りを見せたセクメトは、すぐさま…とあるものを確認する。
(…やっぱり。…なら!)
スッ…
セクメトはまた手を上に向け…魔術を発動させる。
トリス
「……貴様は鶏なのか? 一度やられても同じ手を繰り返すあたり、そうとしか…」
(ん…?いや、違う…これは!)
セクメト
「…《光》!!」
ピカァァアアン──!
閃光は雪原を裂く稲妻のように走り、虚像の輪郭を白日の下へと引きずり出す。
凍てついた闇の中で、影だけが真実を語っていた。
セクメト
「そこよ!!」
ヒュンッ…ガキィイン!!!
トリス
「…前言を撤回しよう。貴様も中々頭が回る様だ…」
閃光が幻を焼き払う。
隠されていた三つの影が、その輪郭を取り戻した。
聖槍の英雄、トリス・アムレートの介入により崩れ始めた縛鎖の優位。絶対零龍すら打ち砕かれながらも、セクメトは冷静に思考を巡らせる。
幻影。
誤認。
そして暴かれた真実。
見えないはずの槍が牙を剥き、見えていたはずの世界が揺らぎ始める。
一方その頃、もう一つの戦場にも新たな影が近づいていた──。
──次回、『幻槍』
見破られた幻は、なおも人を惑わし続ける。




