《第二幕:咆哮する災厄》 第6話 最後の刻印
夏でもないのに、風が熱を帯びていた。
午後の陽射しは雲を焦がすほど鋭く、街の至るところから、立ちのぼる蒸気がちらついて見えた。
皇都フォルトゥナ——
いつもは整然とした石畳の道も、今日ばかりは歩く者の顔に、汗が滲んでいる。
水売りの声があちこちから聞こえるなか、噴水は既に止まり、衛兵が「節水の指示が出ている」と警告していた。
そんな中、四人の影が、真っ直ぐ王城へと向かっていた。
アルセリオ、フィアリア、ドクル、そしてマックス。
それぞれに無言で歩きながらも、表情には焦りと確信が滲んでいる。
ドクル(汗をぬぐいながら)
「……地熱が地上にまで……。ただの異常気象ではありませんね。」
フィアリア
「このままいけば、あちこちで自然発火が起こるわね。……最悪、爆発するかも。」
マックス(苦笑まじりに)
「ハハ……こっちは“火遊び”した覚えはねぇんだけどなぁ……」
アルセリオ(前を睨みながら)
「マルドュクが目を覚ました。……少なくとも、あの咆哮を聞いた今となっちゃ、ルドヴィクスに報告せずにいられねぇよ。」
足音だけが、静まり返った通りに響いていた。
かつてないほどに静かな皇都。
不安と熱気だけが、確実にこの街を蝕み始めていた。
そして彼らは、王城へと続く門をくぐる。
一方その頃――
「こちらへ避難してください!屋内へ!陽の当たらない場所を!!」
広場では、レオナールが剣を背負いながら、声を張り上げていた。
セレスとヴィクトルも、それぞれ路地を巡りながら、まだ屋外にいる市民たちを次々と避難させている。
セレス
「お年寄りはわたしが見るからぁ、お願いレオちゃ〜ん!」
ヴィクトル(呟くように)
「……この熱。奴が目覚めたのは、間違いねぇな。」
だが、レオナールの足は、ふと別の方向へと向けられていた。
それは——探偵社《幻灯探偵社》の方向。
レオナール
「……シグルド、ルリ……避難してくれてりゃいいが。」
真っ直ぐな眼差しのまま、彼は足を速めていった。
刻一刻と近づく破滅の気配の中、
それぞれの役割を果たす者たちは、誰も立ち止まることはなかった。
***
タッ…タッ…タッ…
ガチャッ
アルセリオ
「急用だ。勝手に入るぜ?」
ルドヴィクス
「この異常事態で、文句など言わぬさ。…その様子、そしてこの状況…なるほど、目覚めたか。」
「かの遺跡で何があったのか…詳しく聞かせろ。」
アルセリオ
「あんま時間はねぇから、所々要らねぇ情報はノータッチでいくぜ?」
そう言うと、アルセリオは要点を踏まえた上で、ルドヴィクスに何があったのかを伝えた。
ルドヴィクス
「やはりな……マルドュクの目覚め、それによる異常事態…封印の解除を目的とした存在…。」
ルドヴィクス
「急を要するのはマルドュクの方だな。…ふむ。」
ルドヴィクスは少し考えた後、とある問いを投げかける。
ルドヴィクス
「アルセリオ殿。…このマルドュク…倒せる自信はあるかね?」
アルセリオ
「厳しいな……が、まだ復活すると決まった訳じゃねぇ…はずだ。とりあえず、あと一つの印が解かれねぇ様にしねぇとな……」
フィアリア
「その事だけど…解かれたわよ…今。」
ルドヴィクス
「……フィアリア殿。それは事実かね?」
フィアリア
「嘘なんて言わないわよ。…私の深淵がまた揺れたの。これ、開いたわよ?魔界への入り口が。」
常にあたりへ飛ばしていた深淵が、対象を捕捉した…
フィアリア
(この反応…もしかして……)
フィアリア
(…ふぅ〜やっと見つけたわ。さて、一体誰が印を解いたのか、見せてもらおうじゃない…)
フィアリアは自らの力を使い、その場所へと視界を広げる。
ーー
とある森にて、二人の影が佇んでいる
フィアリア
(今までは上手く隠されてたから気づけなかったけど、最後の印だからか…気が緩んだようね…)
刻印が刻まれた石を指で弾きながら、言葉を紡ぐーー
ハイド
「これで最後だな。…他の印は呪的な解除が要るが…七つ目はこのルーン(刻印)が刻まれた石を奪取する必要がある…。
ーー最初は面倒だとは思ったが…そうでもなかったらしい。」
彼は石を手のひらで弄びながら、くるりと回して見せた。
表面に刻まれたルーンは、他の印と異なり、“封じる”ではなく“告げる”意味合いを帯びていた。
アイダ(少し笑って)
「やっぱり、ちゃんと“選ばれた”場所だったのね。……王の記憶にすら、封印の鍵が預けられてるなんて。」
ハイド
「だが、皮肉なものだろう?
封印を守る者たち自身が、印に導かれて動き回り…こうして、鍵をこちらに渡してくれる。」
その目には感情はない。ただ、役割を楽しむ人形のような冷たさが宿っていた。
そして彼は、刻印石を高く掲げる。
ハイド
「さて…入り口は開いた…後は広げるだけだな。」
そう言って、大地に出来たひび割れへ向かって、こう唱える…
ハイド
「〈ᚷ(ゲボ)〉は贈与の契、〈ᛒ(ベルカナ)〉は拡がる芽吹き……
焔の王の名の下に、古の道よ、再び形を与えられよーー〈ᛞ(ダガズ)〉」
ドンッ!!!!
ひび割れの奥から眩い光が差し込み、そしてその中からドス黒いオーラが滲み出てくる….
そして、そのオーラの一部を切り取り、奪取に成功する。
ハイド
「……目的は果たされた。…此度はここで引くとしよう…。」
男はの顔から、笑みが溢れる…
アイダ
「……ねぇ、ハイド兄。……私達、見られてるよ?」
フィアリア
(………っ!?)
何処かから覗くフィアリアと、ハイドのギロリとした目が合う…
ハイド
「覗き見とは感心しないな…はぁ、あまりの高揚に視野が狭くなったか…失態だ。」
パチンッ…
その音と共にフィアリアは強制的に戻される……
ーー
フィアリア
「弾かれたわ………相当な手だれね。」
アルセリオ
「その様子……見た…のか?」
フィアリア
「ええ。二人の男女だったわ。…高身長の、険しい顔をした男と、小さな少女だったわ。」
ドクル
「まずいですね…これは、もう顕現するかも知れません……」
マックス
「……おい。あれ…なんなんだ?」
(マックスがとある方角を指差し、驚愕した表情で…震えた声をしながら言う…)
火山アールデンスにて、膨大な魔力を帯びた煙の様なものが、一つへと集まり…形を成す。
禍々しい残滓が空を仰ぐ様にして、深く…息を吸い込む……
そして、その瞬間――
大地の底より、六度目よりも遥かに強烈な、灼熱と呪詛の咆哮が天を突き破るように響いた。
ーーーグオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
それは、全ての封印が解かれたことを告げる、《憤怒》の雄叫びだった。
咆哮の余韻が、まだ空に残っている。
誰もがそれを“遠い災厄”と思った。
だが、その熱はすでに、国を、天を、心を焦がしていた。
――祈りも、理も、もう届かない。
焔は笑い、世界は、動き始める。
次回、第7話『憤怒の化身』




