第5話 焔に呼ばれし地上
ーー焼却の回廊の奥、封印の間。
そこには、ただ一枚の巨大な鏡のような黒曜石の壁があった。
アルセリオ
「……これ、何だ?ただの鏡じゃない……“見るため”の装置か?」
フィアリア(触れながら)
「反応してる……けど、私じゃない……」
(その時、レオナールの剣が、淡く赤く共鳴する)
ヴィクトル
「おい……お前、またなんか変だぞ。剣が勝手に反応してる」
セレス
「あ〜〜らぁ……共鳴ってことはぁ、何か引っかかってるのかもぉ〜」
(鏡面に、焔のような模様が浮かび始める)
ドクル
「……これは、“記憶の残滓”を記録した封印装置。王の記憶そのものです。おそらく、“適格者”にしか見せない仕組み……」
アルセリオ
「つまり、レオナール……お前が選ばれたって訳だな」
レオナール(黙ってうなずく)
(そして、彼は黒曜石の壁に手を触れる)
─────
《視界が焼き付く》
瞬間、レオナールの瞳が何かに引き込まれる。
──かつて、まだ焔の王が“王”であった頃。
それは、今とはまったく異なる光景だった。
空は青く、火の国は美しく栄えていた。溶岩すら制御され、地熱は豊かな熱源として生かされ、民は笑い、穏やかに暮らしていた。
高台に立つひとりの男――“王”は、赤金の装束をまとい、肩に長く垂れる炎のような髪を風になびかせていた。
強きまなざし。けれどその奥には、民と仲間たちを想う優しさが宿っていた。
──彼の周囲には、かつて彼と志を同じくした“六つの影”が浮かぶ。
それは《焔の王》を含む、各地の勇士たち──希望と誇りを託された者たち。
だが今、その姿はどこか懐かしく、しかし朧げだった。まるで、長い時の彼方に置き去りにされた夢のように。
《回想は進む》
神々の軍勢――“七大天使”の来襲。天から振り下ろされた神罰の刃。
圧倒的な光。焼き払われる大地。空が、声が、すべてが焼失していく。
彼の傍らで、一人、また一人と英雄たちが崩れ落ちていく。
民は泣き叫び、街は一夜にして焦土と化した。
王は立っていた。立ち尽くしていた。否、それでもなお立ち向かおうとしていた。
──その時、背後から声がした。
???
「おい、『 』。……俺たちが、どうしてこんな目に遭わなければならないんだろうな。」
振り返る。そこには、半身を血と焔に焼かれ、立っているのもやっとの状態の仲間がいた。
焔の王
「ハッ……あのクソ野郎共の観点から見れば、
“世界の均衡を破った”から、だとか……くだらねぇ理由だろうよ。なぁ?『 』。」
???
「クハハハ……違いない……。……クソ、俺は……もうここで、脱落だ。悪いな……。」
焔の王
「……そうか。構うな。安心しろ。後は……俺がやる。」
「もし、俺がこの呪いに呑まれても――自分を保っていられるのなら……また、語り合おうじゃねぇか。
……なあ……友よ。」
その問いと願いは、虚空に溶け、やがて風となる。
──残された“王”は、もう一度だけ、空を見上げた。
もはや誰も傍にはいない。ただ焦土だけが広がる。
その姿は、炎の中でなお美しかった。
《彼は叫ぶ》
焔の王
「……聞こえるか。お前たちの“正義”とやらが、何を生んだか……」
「私は……何も望んではいなかった。
ただ、ただ、彼らと生きていたかっただけだ……」
声はかすかに震え、けれどその怒りは深く、重く、紅く染まる。
「だというのに、私は……お前達を決して許さない!!
我が故郷を奪い、友を……家族を奪っただけでは飽き足らず…」
「私の身を焔へと変え、私の国を…民を、"私"の手で…奪わせるなどと…!!」
「私は…お前達を……貴様らを……
決して!!許さぬ事を誓おう!!
この身を……果てなき怒りへと変えてなぁあああああ!!!!」
***
天が裂ける。
地が呻き、空が怒りと共に答える。
???
「怒りに囚われた王よ……その“焔”は均衡を乱す災厄。
今より貴様を――“憤怒マルドュク”と呼ぶ。」
「残念だろうが受け入れろ。お前の魂はもはや人ではない。まぁ、私が変えたのだがな。
さて、均衡を正すため、貴様には礎となってもらう。」
「誇れ――これは貴様が最も憎む“天”に選ばれた証。
誉れ高き災厄として、永劫に怒りを燃やし続けるがいい。」
──その瞬間、“焔が空を貫き、王の名を焼き消した"。
────
焼け爛れた記憶が、視界を切り裂くように過ぎ去った。
熱と怒りの奔流のなか、かつて“焔の王”と呼ばれた存在の哀しみと絶叫が、確かに焼き付けられていた。
レオナールは肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がる。
レオナール
「……っく……今のは……記憶か……それとも……俺自身が……?」
掌には、なお微かに熱が残っていた。
それは視た者にしか刻まれぬ、“王の痛み”だった。
その時だった。崩れかけた回廊の奥ーー
かつて焔の王が座していた《玉座の残骸》が、ゆっくりと脈動を始める。
アルセリオ
「……あれ、見てみろ……」
玉座の足元の地面に、熱気を帯びた蒸気が吹き上がり……それに連動するように、赤熱したルーン文字が浮かび上がっていく。
それは封印魔術とも呪言詩ともつかない、古代言語の連なりだった。
フィアリア
「……ただの術式じゃない。これは、王の……“意思”よ」
ドクル
「……これは……!この文字は……“三重に重ねられた詩文”。」
フィアリア
「でも、読めるんでしょ?」
ドクルは静かに頷き、指先で空に印を描きながら、詠唱のように訳を紡いでいく。
ーー
《焔の門を開く詩》
⸺《名を棄てし王よ。
その記憶を見届けし者に、最深層の道を開け》
⸺《憤怒に呑まれし我らが罪、
されど、その中に微かなる願い、残るを信ぜよ》
⸺《導き手よ。友の残炎を受け継ぎ、
次なる扉へと、焔の歩みを進めよ》
ーー
ヴィクトル
「……つまり、“記憶を見た者”……レオナールが鍵ってわけだな」
(次の瞬間、レオナールの頭にかかる半分に砕けた王冠が、淡く光を放つ)
それは決して“王の焔”などではない。
“憤怒”という名を戴く以前の、《ある者》が託した“残り火”――
ゴゴゴゴ……
重い振動とともに、玉座の背後の壁が割れる。
まるで地熱が逆流するかのように、轟音と共に“焔の門”がその姿を現す。
セレス
「これ……地下じゃなくて、上へと……?」
ドクル
「上昇気流……地表へ繋がる、天然の通気孔を利用した昇降路……!」
マックス
「つーことは、やっと帰れるって訳か!よぉし、足が腐る前に外に出ようぜっ」
アルセリオ
「……帰る、ね。違ぇな……ここからが“始まり”って感じだ」
皆、無言で頷き合い、ゆっくりと昇降路を登り始める。
途中、崩れた石壁や焼け爛れたレリーフの中に、いくつかの“未解読の碑文”が混じっていた。
(アルセリオとドクルはそれを見逃さず、記録しながら進む)
ーーその文の一節。
《七の誓約、既に破られし六。残るは三にして、咆哮は近し》
《“原初”は眠る。されど、“鍵”が揃えば、其は目覚める》
フィアリア(小声)
「……これで六回目……印の封印、あと一つ……」
(彼女の空間感知が、かすかな揺れを捉えていた)
そして……
彼らが昇降路を登り、ついに崩れた遺跡の天井部に差し掛かったその時。
空気が止まる。
蒸気が止まり、岩の裂け目から差し込んでいた光が、赤に染まる。
ヴィクトル
「……おい、空の色……やべぇぞ、これ……」
(全員が振り返った瞬間、遥か下層から——)
――――グオオオオオオオオオオオッ!!
大気を焦がすような、地鳴り混じりの咆哮が響いた。
それは、ただの魔獣の声ではない。
怒りを秘めた、呪われし“王”の咆哮。
そして、封印されし《焔の王》、否……“七大罪獣マルドュク”の“目覚めの音”だった。
セレス
「……もぉ〜〜……やっと戻れたと思ったら……コレなのねぇ〜〜」
アルセリオ
「どうやら……“向こう側”が動き出したな」
真紅に染まった地平線を背に、アルセリオたちは再び地上へと帰還する。
だがその空には、既にいくつもの火の手が上がっていた――。
焔はまだ眠らない。
記憶は灰となり、空気は熱を帯びる。
誰かが封を解くたびに、
世界のどこかで、何かが息を吹き返す。
――その音を、“予兆”と呼ぶには遅すぎた。
次回、第6話『最後の刻印』




