帰り
駅に着くと朝陽をすぐに見つけた。
僕の姿を見ると、ふわふわ耳と尻尾が揺れて嬉しそうだ。
「すごいな、それだけで済んだのか」
エリオの鞄だけの持ったスタイルとスカイの手に持ったチラシを目にした朝陽は驚きながらそう言った。
あ、朝陽もチラシをいっぱい持ってる。
「朝陽、サークル入るんですか?」
「そうだね、入ろうかなって思ってるよ。」
「おっ、どこに入るんだ?」
スカイは興味津々みたいだ。
「野球。ずっとやってたし、もう習慣になってるな。」
「俺はバスケ部に行くぜ!俺も習慣だな。」
二人は似た者同士なのかも。よかった、仲良くなれそうで。
「エリオ君も入るんですか?」
「私は入らない。」
「そうですか、僕と同じですね。」
仲間意識を抱いてしまった。
選択授業何にするか話していたらあっという間に二人の最寄り駅に着いた。
「じゃ、またなー!」
「また来週」
スカイは元気に手を振りながら、エリオは片手を上げたままのポーズを取っていた。扉が閉まった。
元気な二人が居なくなると朝陽と僕は暫く黙った。
「律、」
「はい、なんですか?」
「律はサークル入らないのか?陸上部どうするんだ」
僕は中学からずっと陸上部に居た。長距離を最初してたが向いてなくて高校から走り幅跳びしてた。記録も出してて、そこそこ楽しかった。けど。
「大学ではやりません。」
「勿体無いな」
「良いんですよ、高校で充分やり切りましたし。」
「まだ行けるだろ?リハビリ頑張ってたじゃん」
「あれ、言ってませんでしたっけ?僕もう走れないです。」
「えっ」
しまった、忘れてた。今になって言うなんて。
怪我と運転免許合宿と受験で忘れてた。
「すみません、言った気になってましたね」
朝陽がしおしおに縮んだ植物みたいになった。尻尾が足の間で大人しくなってる。
「えっと、走れないくらいで後は大丈夫ですよ。先生には、無理しなければ支障ないって言われてます。だから運転もAT限定です。」
「……そうだったのか。」
一瞬だけ寂しそうに目を伏せたけど、すぐに笑った。
「じゃあ、律は走るのは俺に任せとけ。」
「俺は野球で、律の分も走っとくからさ。」
ちょっとおちゃらけて肩を竦ませた。
「はい、ありがとうございます。」
上手く口角は上がっただろうか。
流れていく景色を眺めながら、怪我をした時を思い出した。走ってる時よりも早いスピードで電車は走る。あの速さはもう戻ってこない。電車はもうすぐ駅に着く。
最寄り駅に着いてスクーターに乗った。荷物が増えると大変そうだな。リュックにしようかな。
ヘルメットにべしべし当たる虫の音を聞きながら家に着いた。
「ただいまあ」
部屋について鞄をリュックに変える。その際チラシは纏めておく。こんなにも貰ってたのか。見た目以上に多いしこれは、複数重なっている。ショックを受けながら片付けた。
スマホが震えた。ビデオ通話で来ている。
「はい、律ですよ」
「よお!お疲れ〜」
ビデオ通話をかけてきたのは、高校からの友達で、虹村透だ。元陸上部マネージャーで今は理系の大学に行っている。
「こちらこそお疲れ様です。どうですか、大学馴染めそうですか?」
通話画面を覗き込むと顔が見える。つり目の大きな黒目でストレートヘアーの黒髪。どこか猫を彷彿とさせる。
にこーっと口角を上げて笑いながら言った。
「おう!もう舎弟ができた」
何しに大学行ってるんだ。
「なにしてるんですか。」
「わはは!冗談だ!」
あり得そうだから、あんまり突っ込めないのが悲しい。
「それよりもだ!お前!」
「なんですか」
「顔が死んでるぞ!」
「死んでないです」
「そうか!」
画面越しに透が目を細める。
「じゃあ、まあ、死んでないならいい。あんま頑張りすぎんなよ」
「……はい」
わかってるつもりだ。でも、つい。
「今日はちゃんと飯食ったか?サークルとか勧誘とか、あれ地味に疲れるだろ」
「……ちゃんと、食べます」
「よし。じゃ、明日も報告しろ。通話出なかったら家まで行く」
「やめてください」
「わはは、やだね!」
声だけは軽くて、でも透の目はちゃんと心配してくれてるのがわかる。その顔を見ていたら、胸の奥が少しだけあったかくなった。
「よし、じゃあまたな!」
通話を終えて息を整える。
「……ふぅ」
透はいつも僕を気にかけてくれる。心配かけないようにしないと。
くまを抱きしめながら昼寝をした。