すき焼き
「ただいまあ」
重くなった鞄を下ろす。静寂が僕を迎えてくれる。
手を洗い、自室でスーツを脱ぎ部屋着を着る。ベットに置いてあるクマのぬいぐるみをひと撫でしてリビングに向かう。
テレビをつけて適当なニュースを見る。冷蔵庫からペットボトルを取り出して、買い置きしてあるお菓子に手を伸ばす。だらしなくソファーに寝そべりながら今日の疲れを癒していく。
暫くすると眠くなってきて、ドラマが始まった。わあ、修羅場だな。
玄関から物音が聞こえてくる。
「ただいまー」
母が帰ってきた。
「律ー!ちょっと来てー!」
「おかえりー!なにー」
急いでお菓子を片付けて玄関に向かう。
「今日は律の好きなもの買えたよ!重かったー」
「そうなんだ、冷蔵庫いれるねー」
「うん!ありがとー」
ずっしりとした買い物袋を受け取ってキッチンに向かう。冷蔵庫に入れながら、好きなものってなんの事なんだろうと思った。あ、肉だ。それも沢山。母は手を洗い、キッチンに入ってきた。
「今日入学式だったんでしょ。緊張した?お友達作れそう?」
「いくつの心配してるの、大丈夫だよ。」
「それもそうね。あ、スーツはどうした」
「ハンガー掛けてるよ」
「今度クリーニング持ってかなきゃね」
そんな会話をしながら僕はお米を研いでいく。母は冷蔵庫から食材を取り出しながらお茶を飲んでいた。
視線の先にテレビが映る。ニュースになってた。
『この一ヶ月間で、夜間の路上強盗が市内全域で相次いでいます。犯行グループは異種系と見られ、警察は注意を呼びかけています。』
「また事件ね」
「うん。最近増えたね」
ふと母が手を止めて僕を見た。
「帰りが遅くなる時はちゃんと連絡してよ」
「え、うん。わかってるよ」
別に僕、男だし心配ないと思うんだけどな。
けど、異星人って大きいしな。そうだよな、心配するか。
母はしゃがみ込みシンクの下から鉄鍋を出してきた。
「今日はすき焼きよ」
最高じゃん。あ、もうちょっとお米いるかな。
そう思っていたら、玄関の鍵が回る音がした。
「ただいま。」
低くて少し掠れた声。父だ。
「おかえりなさい。」
「お疲れさま。」
母とほぼ同時に声をかける。
「……ああ。」
父は靴を脱ぎ、鞄を置くとすぐにリビングのテレビの前に座り込んだ。
リモコンを手に取り、番組を変える。
「ファルコンズ負けてるじゃないか。」
小さくぼやく声が聞こえた。
「もうビール飲むの?」
母が呆れ気味に声をかける。
「いいだろ、疲れた。」
そう言って缶をプシュッと開ける。
食卓に向かい、カセットコンロを準備した。
ついでにテレビを見た。延長戦だ。点が入らなくて、どちらも粘っている。こうなると長いんだよなあ。
「律、入学式どうだった?」
テレビから目を離さずに父が言った。
「あ、うん。緊張したけど……なんとか。」
「そうか。」
それっきりだった。まあそんなもんだよね。
ビールを一口飲んで、また画面に目を戻す。
その横顔をちらりと見たけど、話を続けるきっかけがうまく見つからなかった。
「出来たわよー!」
すき焼きが出来た。
いそいそとご飯をよそう。席についた。
ぐつぐつと鍋から音がする。匂いをいっぱい嗅ぎながら卵をお皿に割り入れる。十回くらいで混ぜるのをやめて肉と野菜を入れて卵を絡める。ご飯と一緒に食べて、この時間が永遠と続けばいいのにって思った。
「そういえば、律。」
「なに?」
母が豆腐を突きながら僕を見た。
「貴方に懐いていた、ラビちゃんだけどね……」
ラビちゃん。近所のおばあちゃんのペットのうさぎ。小学校の頃から可愛がってる。
母はゆっくりと言った。
「昨日、急に具合が悪くなったらしくて……」
父はテレビを見たままビールを口に含んだ。
僕は持ってた茶碗をそっとテーブルに置いた。左手でズボンの布をぎゅっと掴んだ。
「……そうなんだ。わかった」
鍋からの音とテレビの音。よく響くな。
「今度おばあちゃんに会いに行ってあげて」
「うん」
食事を終えて自室に戻った。
ベットに転がってるクマのぬいぐるみに手を伸ばしそっと抱きしめた。ラビちゃんそっくりの毛並みのくま。くまは僕の温もりを感じさせる。
うとうととしながら明日の事を考えた。そうだ、明日も忙しいぞ。
鞄を開けて必要なものを詰めたり、明日着ていく服を並べた。スマホを取り出し、アラームを設定する。
日常に戻っていく。