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4話「本物の公爵令息。その姿は私の知っているものではなかった」



日曜日は家で勉強、月曜日から水曜日にテストを受けた。


テストのある日、朝や放課後に正面玄関でフィンセス先輩に会えるかも? と期待していたが彼を見かけることはなかった。


最も玄関でぐずぐずしていると試験に遅れてしまうので、登校する時にちらっと周囲を見ただけだ。


昼休みにも勉強したいから、お弁当のサンドイッチで済ませ、食堂には行かなかった。


テスト期間中は試験のことで頭がいっぱいで、フィンセス先輩のことを真剣に探す余裕はなかった。


水曜日の放課後、テストから開放されホッとした。


フィンセス先輩に会えるかもと、正面玄関で待っていたが、彼の姿を見かけることはなかった。


フィンセス先輩が小説の続きを読みたがっていた事を思い出し、水曜日の夜に引き出しから書きかけの小説を引っ張りだした。


自分でもほとんど内容を忘れていたが、原稿を読み返しているうちに設定を色々と思い出してきた


私が書いていたのは、いまちまたで人気の異世界を舞台にした冒険活劇だ。


ラストが思いつかず、途中で放り出してしまったのだ。


だけど今なら続きを書けそうな気がする。


水曜日の夜と木曜日丸一日かけて小説の続きを書いた。


金曜日の朝日が登る前には、なんとか十万文字書き上げることに成功した。


金曜の朝日はいつもよりも眩しく、風もこころなしか爽やかに感じた。



◇◇◇◇◇



ほぼ徹夜で学園に向かう


朝一番にフィンセス先輩に小説を見せたくて、校舎入口の前で待つことにした。


まだ誰も来ていない学校は静かだった。


ポツリポツリと生徒が登校し始め、学校は音を取り戻していく。


馬車乗り場に生徒が溢れかえる頃には、いつもの賑やかな学園の風景が広がっていた。


馬車を降りた生徒達が校内に消えていく。


始業まで残り十五分という時間になってもフィンセス先輩は姿を見せない。


彼は「金曜日のお昼休みに食堂で会おう」と言っていた。


まさかお昼まで学校に来ない気?


書き上げた小説を一番に先輩に見せて感想を聞きたかったのに……。


あのサボり魔。


土曜日の勉強会の時から気になっていた。


フィンセス先輩が時間旅行の概念に詳しいのは、彼自身がタイムリープしているからではないかと……。


だから家族しか知らない私の秘密を知っていたり、未来に起きることを予見できたのだ。


フィンセス先輩に会ったら、書き上げた小説とともにドヤ顔で私の推理を突きつけてやろうと思っていた。


なのに、肝心のフィンセス先輩が現れない。


諦めて校舎に入ろう。


どうせ昼休みには食堂で会えるのだから。


そのとき、ひときわ華美な馬車が校内に入ってきた。


「あれ、ルシディア公爵令息の馬車じゃない?」


「あの学校嫌いがテスト期間でもないのに登校するなんて珍しいな」


「だが、あんな豪華な馬車に乗れるのはルシディア公爵令息くらいだ」

 

人々が物珍しそうに馬車を眺めている。


馬車にはフィンセス先輩が見せてくれた家紋と、同じ文様が刻まれていた。


間違いない。この家紋付きの馬車はルシディア公爵家の物だ。


この馬車にはフィンセス先輩が乗っている。そう思うと急に緊張してきた。 


どうしよう? 格好おかしくない? 徹夜明けで目の下にくまができていないかしら?


なんて声を掛けよう?


二時間も前から待っていたのに、いざフィンセス先輩に会えると思うと取り乱してしまう。


「小説の続きを書きました。べ、別に先輩に言われたからじゃないんですからね!」これでは失礼よね。


「勉強を見ていただいたお礼にスイーツを奢りますね。今度街で人気のお店に行きましょう」いやいや、それではデートの誘いじゃないか!


いつも相手から声をかけられていたので、いざこちらから声をかけようと思うと緊張してしまう。


幻の公爵令息の登校とあって、その場にいた人達の何人かが立ち止まり、馬車からフィンセス先輩が降りて来るのを待っていた。


御者が馬車の扉を開ける。


フィンセス先輩に会ったら笑顔で「おはようございます」と声をかけよう。


髪を手ぐしで整え、彼が馬車から降りて来るのを待つ。


馬車から、茶髪の生徒が降りて来るのが見えた。


「おはよ…………えっ……?」


馬車から降りてきた人物はフィンセス先輩ではなかった。


馬車を降りた少年はバサバサの髪を長く伸ばし、前髪で顔の半分を隠していた。瞳の色は緑色だが生気は感じられない。


猫背気味で、背も低く、体つきも貧弱そうだった。


フィンセス先輩は、栗色のサラサラショートヘアに、エメラルドグリーンの瞳の細マッチョの長身の美少年だ。


馬車から降りてきた人物は、フィンセス先輩とは似ても似つかなかった。


馬車から降りてきた生徒は、視線を向けることなく早足で校舎に入って行った。


馬車からは他の人が降りてくる気配はなく、御者が扉を閉めた。


「あの……いまルシディア公爵家の馬車から降りて来た方はどなたでしょうか?」


私は隣にいた男子生徒に尋ねた。


彼は公爵家の馬車が入って来た時、ルシディア先輩のことを知っていそうな口ぶりだった。


「ルシディア公爵家の馬車から降りてきたんだから、公爵家の人間に決まってるだろう」


男子生徒が煩わしそうに答える。


「ではあの方が、フィンセス・ルシディア公爵令息なのですか?」


「そうだよ」


「本当ですか? 人違いとかありませんか?」


「俺はルシディア公爵令息と同じクラスだ。

 クラスメイトの顔を見間違うはずがないだろ?」


私が話しかけた男子生徒はフィンセス先輩と同じクラス、三年生Sクラスの生徒だった。 


エリートクラスの上級生だとわかり、いささか緊張してしまう。


それよりも真実を知りたいという気持ちが大きかった。


「ルシディア公爵令息に、双子の兄や弟はおりますか?」


まだ二卵性の双子の可能性が残されている。


「ルシディア公爵令息に双子の兄弟がいるなんて聞いたことないぜ」


だがすぐに仮説は打ち砕かれた。


「学園に通っている年の近い兄弟などはいないのでしょうか?」


「彼には兄が一人いるが歳が離れている。

 ルシディア公爵家の長男はとっくに成人し、息子もいるよ」


兄弟の説も潰えた。


「彼の甥御さんが今おいくつかわかりますか?」


「確か七、八歳だったかな?

 名前はエルフォード様。

 胡桃色の髪に若草色の瞳の可愛い子だったよ」


ルシディア公爵令息の甥っ子はそんなに小さいのね。


「もういいかな?

 授業に遅れてしまう」


「お時間をお取りして申し訳ありませんでした」


親切な先輩は早足で校舎に入って行った。


その少しあと予鈴が鳴ったが、私は校舎に入る気分にはなれなかった。


金曜日にポストの前で出会った少年は、私に「フィンセス・ルシディア公爵令息」だと名乗った。


馬車から降りて来たのが本物のフィンセス・ルシディア公爵令息なら、私に声をかけてきたあの美少年はいったい誰だったの?


なぜルシディア公爵家の家紋入りのペンダントを持っているの?


彼はいったい何者なの?



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