3話「初めての勉強会と金曜日の約束」
――翌日・図書館――
フィンセス先輩は時間通りに図書館に現れた。
フィンセス先輩は教え方が上手で、図書館に集まった生徒に大人気だった。
私は隣の席になったエイプリル・リング伯爵令嬢に数学を教えている。
リング伯爵令嬢は話してみると気取ったところがなく気さくな性格だった。
カースト上位の彼らとの間に勝手に壁を作って避けてきた自分が愚かだと悟った。
「タイムスリップとタイムリープの違い?
そんなのわかんないわ。
ルシディア先輩わかります?」
リング伯爵令嬢がフィンセス先輩に尋ねる。
リング伯爵令嬢は、精霊学の勉強をしているようだ。
精霊には時を操るものがいるらしい。そんなのおとぎ話でしかないのに、しっかりと試験範囲なのだ。
「タイムスリップは体ごと移動し、タイムリープは意識だけ移動する」
「意味がわからないわ」
「タイムスリップなら百年でも二百年でもいくらでも戻れる。
タイムリープはどんなに頑張っても自分が赤ん坊のときにしか戻れないってことだよ」
「そうなんですね。
じゃあ、タイムスリップの方がより昔に行ける分お得ですね」
「さぁ、それはどうかな……」
そう言ってフィンセス先輩は悲しげに目を伏せる。
「じゃあ、タイムスリップにおける単一時間軸変化と並行世界分岐っていうのは?」
「単一時間軸変化は時間は一本の流れだってことだね。
だから過去を変えると自分が未来に帰った時、自分が過去の世界で起こした行動により世界が変化してる。
並行世界分岐は過去を改変しても自分のいた未来には影響を及ぼさないんだよ。
その代わり新たに別の世界が生まれる」
「ますます頭がこんがらがるわ」
リング伯爵令嬢がペンを投げ捨て頭を抱えた。
「例えば、過去に行って庭に生えてる林檎の木を切り倒して、新たに蜜柑の木を植えたとする。
単一時間軸変化世界なら未来に帰った時に蜜柑の木が生えている。
並行世界分岐世界なら、未来に帰っても変わらずに林檎の木が生えてるってことさ」
「ルシディア先輩はどっちだと思いますか?」
「単一時間軸変化説が有力だけど、俺個人としては並行世界分岐を推すかな」
「それはどうして?」
「過去に戻った時、両親の出会いを邪魔して自分が誕生しなくなったら困るだろ?」
「それもそうですね。
それはそれとして、精霊学はテストの範囲から除外してほしいわ。
複雑すぎるもの」
リング伯爵令嬢が虚ろな顔で天を仰いだ。
「はい、俺が全員に教えるのはここまで。
これから後の時間はリアにマンツーマンで教えるからね」
勉強会の時間が残りわずかになった時、フィンセス先輩が私の向かいの席に座った。
「フィンセス先輩、私は大丈夫ですから、他の方の勉強を……」
「嘘はよくないよ。
リアは魔法科学と精霊学は苦手でしょう?」
「うっ……」
どうして私の苦手科目まで把握しているんだろう?
「こことここの問題、多分次のテストに出るから解き方覚えといた方がいいよ。
それから……」
彼は未来予知でもできるのか、テストに出そうな問題に次々に印をつけていく。
気がつくと隣の席にいたリング伯爵令嬢は、モクス侯爵令息の隣の席に移動していた。
「そういえばリア、体調は万全かな? 風邪引かなかった?」
「……?」
「昨日、外にずっと立っていたから……」
フィンセス先輩が心配そうに目を細め、私の顔を覗き込む。
「へ、平気です。
あの程度の寒さなんて」
特上ステーキと特製プリンを食べたお陰か、いつもより元気はつらつだ。
「そっか、よかった」
「フィンセス先輩、勉強を教えていただいたり、ご飯を奢って貰えた事には感謝してます。
ですが、昨日いきなり声をかけてきたことにはまだ怒っているんですからね」
彼の第一声は「わっ!!」だった。
「すみません」とか「手紙を出したいのでそこをどいてください」とかではない。
明らかにこちらを脅かす意図があった。
「私はあの書類を出す決心はまだついてなかったんですから」
エリートが集う魔術師団に春休みの間インターンとして働くなんて、私には分不相応だ。
それに倍率が凄く高い。
落ちて自尊心が傷つくくらいなら、応募しないほうがよかった。
「本当にそう思ってる?」
「はい」
「そうかな?
リアは三時間もポストの前にいて書類を出そうかどうしようか迷っていた。
きっと俺が声をかけなかったら夕方まで迷ってたよ」
彼の言葉は自信に満ちていた。
なんでそんなことを確信をもって言えるんだろう。
「それで結局封筒は投函出来なくてインターンの募集は締め切られ、
特製プリンを食べる機会を失う。
長時間外に立っていたせいで君は風邪を引き、その状態で受けたテストの結果は散々で、新年度のクラス替えでCクラスに落ちてしまう。
そうして君は、失意のまま友達も作れずに卒業したと思うよ」
フィンセス先輩は、まるで私の未来を見てきたかのように語った。
「それから来週の金曜に……、いやなんでもない」
言いかけて止めないでほしい。
「心配しないで、俺がそんな未来にはさせないから」
フィンセス先輩は真面目な表情を崩しニコリと笑う。
「リアには幸せになってほしいからね」
フィンセスは私の何を知っているというのだろう?
不思議な人だわ。
徹底的に問い詰めてみたい気もする。
そう簡単には全てを話してはくれないだろうけど。
「雑談は終わり!
今は試験勉強に集中しよう!
試験で酷い点数を取って、クラスのランクを下げたくはないだろう?」
「もちろんです!」
卒業までAクラスでいられれば就職に有利になる。
できればSクラスに入りたいけど、さすがにそれは高望みよね……。
「試験が終わったら……いや、なんでもない」
「なんですか? 気になるから言ってください」
「試験が終わったら……小説の続きを書いてほしい。
俺が君の小説の一番目の読者になるから」
「昨日も気になったんですが、私が小説を書いてること誰から聞いたんですか?」
私が小説を書いていることを知っているのは家族だけだ。
フィンセス先輩は私の家族の誰かの知り合いなのだろうか?
彼が私の事情に詳しいのもそれなら納得がいく。
「それはね、リア君から聞いたんだよ」
「そんなはずはないわ!
私は家族以外の誰にも小説を書いてることは話していません!」
「図書館ではお静かに。
それから図書館の利用時間が過ぎました。
速やかに退室してください」
職員さんに声をかけられ、勉強会はお開きになった。
「テストが終わったら、また会おう」
フィンセス先輩が去り際に私の耳に囁いた。
「明日は俺が教えたところを家でしっかり復習するように」
明日は日曜日。
もとより家で勉強する予定だ。
テストは月曜日から水曜日まで続く。
テストが終わると一日休みを貰える。なので木曜日は休みだ。
フィンセス先輩に次に会えるのは金曜日なんだ。
そのことを少し寂しく感じた。
「金曜日、お昼休みに食堂で会おう」
「そんな勝手に決めないでください」
本当は彼に会いたいのに、私は素直になれない。
「食堂に来てくれたら特上ステーキを奢るけど」
「行きます!」
特上ステーキの誘惑には勝てない!
「か、勘違いしないでくださいね。
べ、別に先輩に会いたいわけでは……」
「いいよ、理由なんてなんでも。
リアと一緒にランチができればね」
フィンセス先輩は楽しそうにフフッと笑った。
「それから、金曜日は中庭には絶対に行かないように」
フィンセス先輩が眉間に皺を寄せ険しい表情をした。
彼がそこまで言うのには何か理由があるのだろう。
「フィンセス先輩……それはいったい……」
尋ねようとしたとき、彼は既に走り出していた。
「じゃあね、リア!
金曜日に食堂でね〜〜!」
振り返り大きく手を振る彼は人懐っこい大型犬のように見えた。
結局、フィンセス先輩のことはなにもわからなかった。
でも、今はそんなことより月曜日からのテストに集中しないと!
金曜日に特上ステーキというご褒美があるし、フィンセス先輩に苦手科目を教えて貰えたし、今回はいつもより良い点を取れる気がする!
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