1話「運命的な出会い。初対面なはずのワンコ系美少年に懐かれてる!?」
一月の寒空の下、王立学園のポストの前に私はいた。
私の名前はリア・アズラエル、十七歳。
貧乏子爵家の末子で、王立学園二年生だ。
一世一代の決意が出来ず、郵便ポストの前に佇むこと三時間。
書類の入った封筒をポストの口に半分入れては引っこ抜き胸に抱き、またポストの入り口に書類を半分入れては引っこ抜く……という作業を五分おきに繰り返していた。
封筒の中身は、魔術師団のインターンへの申し込み用紙だ。
「応募したい。卒業後は憧れの魔術師団に入りたい。インターンで経験を積んで起きたい」という思いと。
「魔術師団のインターンは倍率が高いよ。一次選考にすら通過しなかったらどうするの? プライドずたずたで立ち直れないよ。どうせ落ちるなら最初から応募しないほうがいいんじゃない?」という思いがせめぎ合っていた。
これが最後、次でポストに入れられなかったら応募は諦める。
ポストの入り口に書類を半分入れたとき……「わっ!!」「ひゃぁっ!!」……ガゴン!!
突如背後から声をかけられ、その拍子に封筒から手を離してしまった。
封筒を半分ほどポストに入れていたので、封筒はポストの外側ではなく、内側に吸い込まれるように落ちて行った。
「きゃぁぁぁぁ……! ふ、封筒が……!」
ポストの入り口に手を突っ込むが、もともと人の手が入る大きさには作られていない。なので手の甲より先が入らない!
私はその場にがっくりと膝を……つこうとしたのだが、背後に立っていた人物に腕を掴まれた。
「ちょっと、何をするんですか? 勝手に触れないで……!」
振り返りキッと相手を睨みつける。
「わっ!」と言って私を驚かせたり、許可なく私の体に触れたり、失礼な人だ。
一言文句を言ってやろうと思っていたのだが……そこに立っていたのは息を呑むような美少年だった。
栗色のさらさらのショートカット、エメラルドグリーンの瞳、白くきめ細やかな肌、美しい形をした目と鼻と口が神の御業ではないかと思うくらい絶妙な位置に配置されていた。
私の顔を神様が三秒で作ったと仮定したなら、彼の顔は神様が三時間くらいかけて作ってる。
それくらい、目の前の少年の顔は整っていた。
いや、私は決して不細工というわけでは……。地味で平凡なだけ。平均レベル。
少年の年齢は多分私と同じくらい。
うちの学校の制服を着ているから、うちの生徒だと思う。
こんな美形が学園にいたら目立つはずだが、茶髪に緑の目の美少年がいるなど噂にも聞いたことがない。
いやいや、見惚れている場合ではない。
そもそもこの人が私に声をかけなければ、手紙をポストに投函することはなかったのだ。
一言、文句を言ってやらねば!
私にも非がないわけではない。三時間もポストの前を占拠していたのだ。他の利用者から見れば邪魔だっただろう。
しかし、一言言ってくれたら避けたのに……。
「こんなところでへたばってる時間はないよ! 急いで食堂に向かおう!
今ならまだ間に合うから!」
私がなんと話そうか迷っているうちに、少年の方から声をかけられた。
しかもかなり馴れ馴れしい。
私が言葉を発する隙すら与えず、少年が私の手を引っ張り走り出す!
私は転ばないように足を動かしていた。
「ちょっと君……!」
何なのよ! いったい!
「リア、いいから急いで!」
………えっ? 何で私の名前を知っているの?
どこかであったことある?
訳が分からないまま、少年に導かれるままに食堂まで全力疾走した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――学園内にある食堂――
「はいよ、特製プリン二つね!
お客さん運がいいね。
これが最後の二つだよ」
「やったぁ!
間に合った!
しかも俺の分もある!
ラッキー!!
ここのプリン食べて見たかったんだ!」
「…………」
見知らぬ美少年はプリンをゲットし、満面の笑顔ではしゃいでいる。
「はい、こっちはリアの分ね。
あっちの椅子に座って食べよう」
少年は人懐っこい笑みを浮かべ、私の手にプリンとスプーンを握らせた。
そして空いているテーブルまで私を引っ張っていく。
優雅な仕草で椅子を引かれたので、思わず腰掛けてしまった。
少年が私の向かいの席に腰掛ける。
「仄かな甘みが上品な上に口どけが爽やかだね。
リアがハマるのも納得の味だよ」
プリンを口に運びながら少年がにこやかに笑う。
「遠慮しないでリアも食べなよ。
俺の奢りだから」
少年が私の顔を見つめにぱっと笑う。人懐っこい笑顔につられて笑いそうになってしまう。
悔しいがこのプリンは私の大好物。
大人気商品なので午前中の授業が早く終わる月曜日か、今日のように午前中の授業をさぼったときにしか食べられない代物なのだ。
いや別に故意に授業をサボった訳では……。
ポストの前で封筒を出そうかどうしようか迷っている間に三時間が経過していただけで……。
プリンに罪はないので、ありがたくいただくことにした。
プリンを一口すくって口に運ぶ。
ふぁ〜〜、まろやかな甘さが口の中いっぱいに広がる。
一週間に一回の私へのご褒美、まさに至福だわ〜〜!
嬉しさが顔にでていたのか、少年がにこにこしながら私の顔を眺めていた。
「何?」
「いや、リアが幸せそうだからつい見とれちゃって」
「名前を呼び捨てにしないで」
なぜ家族でもない見知らぬ少年に名前を呼び捨てにされなければならないのかしら?
「さっきから馴れ馴れしいけど、あなた誰よ?」
そう訪ねた時、少年は少し寂しそうな顔をした。
うっ……美形を悲しませてしまった。
謎の罪悪感が……!
「はぁ〜〜、プリン最高。
この濃厚な口溶けがくせになるなぁ」
悲しげな表情を見せたかと思ったら、次の瞬間には笑顔でプリンに舌鼓をうっている。
なんなのこの子? 私にけんかを売っているのかしら?
「ポストの前でぐずぐずと書類を投函するかどどうか考えていたら、味わえなかったよね」
少年が不意に真面目な顔つきになる。
まるで自分のお陰でプリンが食べられたことに感謝しろとでも言いたげだった。
「確かにプリンは美味しいけど、別に今日じゃなくても来週の月曜日には……」
「ここで皆さんにお知らせがあります。
パティシエールのヨゼさんが寿退社することになりました。
ヨゼさんは学園に勤めて三年。
一日も欠かすことなく特製プリンを作ってきました」
料理長の挨拶に私は驚きを隠せない。
「パティシエールのヨゼです。
今までお世話になりました。
中途半端な時期ですが結婚が決まったので退職します。
結婚後は隣国に移り住む予定です」
料理長の隣でパティシエールの若い女性が、皆に頭を下げている。
嘘……パティシエールのヨゼさん退職するの? しかも嫁ぎ先は隣国……!?
「特製プリンのレシピはヨゼさんしか知らないので、特製プリンの提供は本日が最後になります」
料理長の言葉に、食堂にいた人々の目が私を始めプリンを食べている人に集まった。
嫉妬と羨望の籠もった目を尻目に、私はプリンを口に放り込む。
誰かに奪われる前に食べてしまおう。
「まさか、特製プリンを食べられるのが今日が最後だったなんて……」
一口、一口、じっくりと味わいながらプリンを食す。
「ね? だからサクッと書類を出して食堂に来て正解だったでしょう?」
少年が「俺の言う通りにしてよかったでしょう?」と言ってにこりと微笑む。
「それに、あんな寒いところに一日中立ってたら風邪引いちゃうよ。
風邪をひいたら来週から始まるテストに影響がでちゃうよ?」
まぁ、そうなんだけど……。
彼の言っていることは正しい。
次のテストの成績が悪かったら、新学期のクラス替えにも影響が出てしまう。
学園では、成績の良い順番にS、A、B、C、Dの五クラスに別れている。
私は現在Aクラスに所属している。
今までのテストの成績もよかったし、課題も期限までに提出した。授業も真面目に聞いていた。
だからテストを白紙で出すなど、よほどのぽかをしない限り年度末のテストでクラスのランクが下がることはない。
だが高熱を出してテストを受けたら、テストの結果がどうなるかわからない。
Bクラス、最悪ツーランクダウンでCクラス落ちもあり得る。
「失礼ね。
一日中ポストの前に貼り付いて、出すかどうか迷ったりしないわ。
午前中には決断する予定だったんだから」
本当は朝、十分だけどちらにしようか思案する予定だった。
気がついたら三時間経過していた。
少年の言う通り、彼に声をかけられなかったら、夕方までポストの前にいたかもしれない。
「それに、私はあの書類を出すつもりは……」
もう五分時間をくれたら諦めて教室に戻るつもりだったのだ。
「駄目だよ」
少年は真剣な眼差しで私を見つめ、語気を強めた。
「あの書類は出さないと駄目だよ。
でないとリアは一生後悔する」
仔犬系だと思っていた男子の一瞬見せた鋭い眼差しに、悔しいが怯んでしまった。
どうしてかしら? 彼の言葉には異様な説得力がある。
それに初対面なのになぜか初めて会った気がしない。不思議な感覚がする。
少なくとも、相手は私のことを知っているようだ。
自分は相手の事を知らないのに、相手は私の事を知っているというのは不気味だ。
「あなたは誰なの?
どうして私の名前を知っているの?
いいえ、名前だけじゃないわ私がプリンが好きなことまで把握していた。
あなたいったい何者なの?」
「へ〜〜リアは俺のことが気になるんだ?」
先ほどの真剣な表情はどこへやら。彼は目を細め口角を上げ、からかうような表情をした。
彼の不遜な態度にイラッときた。
「当たり前でしょう!
私のテリトリーにズカズカと入り込んで名前も名乗らないなんて失礼よ……!」
その時、遅い時間に終わるクラスの授業が終わったようで、生徒達が食堂になだれ込んできた。
食堂の混雑を緩和する為に午前中の授業が終わる時間は、クラスのランクごとに分けられているのだ。
「しまったわ!
まだプリンしか食べていない!」
混雑すると料理を注文するのも、食べる席を探すのも苦労するのよね。
「じゃあ何か食べてから話そうか。
リアは痩せすぎだから栄養あるもの食べないと駄目だよ。
俺が奢るからここで待ってて」
彼はそう言って席を立つと、注文をする為にカウンターへと向かった。
どうしよう? 今のうちに逃げてしまおうか?
だが、それでは根本的な解決にはならない。
第一お腹が空いたから何か食べたいし、このまま少年の正体が分からないのもなんとなくモヤモヤする。
しかし、怪しい少年と食事をするというのも……。
「リア、特上ステーキ頼んだからね! 待っててね!」
少年が放った「特上ステーキ」という言葉に、私は席を立つのをやめ、座り直した。
特上ステーキに罪はない。
いただいておこう。
貧乏子爵家の末子の私は、特上ステーキなど誕生日にだって食べられないのだ。
読んで下さりありがとうございます。
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