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最初のごはんの話

 家を出るとき玄関にカレンダーがあるのに気づいた。

 ボクは心臓が壊れるんじゃないかと思うくらいびっくりしたよ。


 今年のカレンダーだったんだ。――いや、あのころの、というべきだね。ボクが昨日、つまりこれは起きたばかりのときの昨日の、その年のカレンダーだった。


「――ぅぁ」


 って、ボクの口から声が出そうになった。咄嗟に口を塞いだよ。叫んじゃうってわかってたから。膝から力が抜けて、ボクはそこにしゃがんだ。


 今年? 今年ってどういうこと?

 まずそれが問題だった。これで確定しちゃったんだ。ボクがいるのは、ボクが知らないどこかの国で、ボクとおなじ時間にある世界。ボクだけなんだ。ボクと家だけが、ポン、ってこの世界に放り出されちゃったんだ、って。確定しちゃったんだよ。


 ボクは玄関に座った。力が入らなくて。膝を見ながら考えてた。

 ここはどこだろう。パパやママはどこに行っちゃったの?

 おなじ年号のカレンダーをつかってるってことは、ここは地球なんだよね? こんなことになってるなんてニュースでやってた? 見てない。


 ボクは高校にあがってからほとんど一日中家にいたから、世界情勢に詳しかったんだ。


 ――ここ笑っていいところだよ。冗談だから。

 とにかく、ボクは世界がこんなことになってるなんて知らなかった。ネットでも見たことがなかった。テレビもそう。だって、そこら中の家が半壊してるんだよ? ボクの暮らしてたところだったら朝から晩までニュースをやってるはずさ。でもそうなってない。


 ――ってことは?


 そう。ここはニュースにもならない国。たぶんね。本当のところはどうなのか、ボクはまったくわからない。いまわかることでも、そこが日本って国でジャパンとも書けることだけ。


 ボクは考えてるうちに落ち着いてきて、家に帰らなきゃって思った。

 家にいなきゃって。


 もしかしたらパパやママは家の外の異変に気づいて外に出たのかもしれない。助けを呼びに行ったのかもしれないし、なにが起きているのか確認しようとしてるのかもしれない。


 だったらボクは家で待っていないと。

 帰ってきてボクが家にいなかったらパパもママも心配する。最悪、ママがあなたが学校に行かせたりするから、とか変なこといいだしたりして、喧嘩になるかもしれない。


 帰ろう、家に。

 家でパパとママが帰ってくるまで大人しくしてよう。


 ――こういうの、なんていうんだったかな。いいかたは忘れちゃったけど、とにかく、受け入れられないことがたくさんあったから、ボクは考えたくなくなってたんだと思う。


 ボクは急いで家に帰った。帰って、すぐにいった。


「パパー! ママー! ボクが帰ってきたよー! 可愛い子どものお帰りだよー」


 ふざけてないと死にそうだった。返事がなくて泣きそうになった。


 ボクはドアに鍵をかけて、家中を探して回った。パパかママが帰ってきてるんじゃないかって思ってさ。いるわけないよ。だって、家の外がこんなに変なことになってて、なんで二人揃って外に出ちゃうのさ。ありえないと思わない?


 ボクは家中の窓とドアに鍵をかけた。で、自分の部屋に戻った。小さな小さなボクの世界だ。ボクだけの世界。扉に寄りかかって、うずくまってさ。膝を抱えて、ただ息をしてた。


 なにか考えだすと怖い想像しかできなくなりそうだったから、ずっと呼吸に集中してた。鼻で吸って、口から吐いて。なにで見たのか覚えてないけど、呼吸っていう作業に集中してなにも考えないようにしてた。


 気づいたらボクは寝てた。ふふ。変ないいかただよね。気づいたら起きてた? 起きたから寝てたんだって気づいた? 順番がよくわからないよね。ともかく、起きたら外が暗くなってて寝てたんだって気づいたんだよ。夢は見なかったと思う。


「パパー、ママー?」


 何回聞くのって。でも聞かずにいられなかった。

 帰ってきててって本気で思ってたし、お願いしてたよ。誰にかなんてどうでもいい。お願いだから家に戻ってきててよって。


 部屋は静かなままさ。

 ボクは掌で顔を擦った。子どもみたいに。実際まだボクは子どもだった。外は暗いし、なんの音もしなかった。


 ピィィィィィン、って耳鳴りだけ聞こえた。

 ボクはなにか食べようと思った。お腹が減ってるから不安になるんだ。きっと。


 そう思って冷蔵庫を開けると、果物がいくつかに野菜とキノコ、あとなにがあったっけ。あんまり思い出せないな。牛乳はあった。パパがよく飲むから。それからビール。これもパパの。


 冷凍庫にはお肉とかもあったよ。塊のやつね。でも、けっきょく出したのは卵とハム。ちょっとからいっていうか、スパイシーなやつ。それからママが昨日――つまり――もういっか。昨日ママが作ったポテトサラダのあまり。たくさん作って保存しておくのがママのやりかたなんだけど、おかげで助かったよ。


 だってボクは、それまで料理なんてしことなかったから。

 ママに見てもらいながらお菓子作りを手伝ったことはあるかな。それから、ゲームで出てきた料理を作ってもらったりとか。できないか頼むと手伝うならやってあげるっていうんだ。


 はじめての料理は――失敗かな。

 油を入れてハムを引いて、卵を割って、うまくいったのはここまで。


 卵は黄身が割れちゃったし、白身がかたまらないと思ってたら焦げ臭くなってきてさ。慌てて火を弱めたんだけど、やっぱりうえのほうがかたまる気配がないんだ。それでスマートフォンを出して検索しようとしてネットも電波もないって気づいて。


 バチン! って油が跳ねてさ。びっくりして蓋をしたんだよね。たぶんハムに残ってた水分が爆ぜたんだと思う。あのころはそんなのわかんなかったし、火を止めたよ。


 どうしよう。生でいける? お腹が痛くなったりしたら困るんだけど。ポテトサラダだけにする? ダイエットしてるわけじゃないし、それじゃ足りないし。パンを焼くとか?


 なんにしてもフライパンは洗わないと。

 笑っちゃったよ。

 蓋を開けたら卵がかたまってたんだ。


 ボクはなんだかかたくて苦いハムエッグとポテトサラダをリビングに持ってってテレビをつけた。黒い画面のまんま。チャンネルを変えたら『信号が入っていません』だって。


 ボクはテレビを消して失敗ハムエッグを食べたよ――あ、そうだ、オレンジジュースも飲んだんだ。残り少なくなってたからぜんぶ飲んだよ。


 もうボクにできることはなくなった。

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