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東京の話

 目を閉じればすぐに思い出せる。ひとつ駅を越えて、取り越し苦労に終わった高架のしたをくぐって、また森さ。公園かなにかだと思うんだけど、ちらっと見た感じだと演劇なんかにつかう石舞台があったね。本当によく似てるよ、ボクの暮らしてた世界と。


 進むうちに、白黒に塗られたランプが付いた車や、白にワンポイントで赤を入れた車がふえていくのに気づいた。もちろん、ボクはそれがなにか知ってるよ。警察だったり、病院だったりの車だ。それがいっぱいあるってことは、本当に災害があったのかもしれないよね。


 つまりだ。


 この世界では、たしかになにかが起きていたんだ。それも資料に残らないくらい急に、短時間に起きた。そのとき、この世界に暮らしていた人々が一斉に姿を消した。


 人が消えてしまったのと災害が起きるタイミングはかなりちかかったんだと思う。もしかしたらギリギリで人のほうが早く消えたのかもしれない。血の跡もなにも残ってないからね。


 建物の外なら雨に洗われてしまっただけかもしれないけど、建物のなかでもそうだし。


 問題はそのあとさ。たまに物が盗まれているというか、持ち去られている痕跡があること。


「世界から人が消えてから、ボクのように新たに人が現れた?」


 ボクは観光しながら金鶏に尋ねた。今度はすっと答えられたよ。


「それか、一気に消えたんじゃなくって、少しずつ消えていったかだろうね」

「ほかにも可能性があるよ」


 坂道ばっかりになってきて、ボクはふぅふぅいいながらペダルを漕いでたよ。だから、声に出していったのか、心のなかでいったのかわからない。


「おんなじようなことがあらゆる並行宇宙で起きていて、ここには結果だけが集まってきてる」

「もしくは、ここは途中にある」


 そんな会話――会話というか、なんだろうね。

 ボクは気づくとペダルを漕ぐのを止めてた。変な感じだった。森の手前に赤く塗られた古めかしい門があって、その奥にちょっと雰囲気のちがう建物があった。地図によれば大学だった。


 興味はあった。大学ならこういう変な事象について調べてたりするんじゃないかって。それにもう少し奥に行けば動物園とか博物館とか、そういうのもあるみたいだった。


 ――でも、ボクの自転車に差してある旗は?


 道が地図通りに走っているなら残り半分くらいだ。見に行くならあとでもできる。

 ボクはまたペダルに足を乗せた。


 小さい水路に突き当たって、橋を探すうちに変な雰囲気の街に出たりしたね。あきらかにほかの区域とは雰囲気がちがうんだ。出てる看板とか広告とか、そういうのがね。


 進めば進むほど不思議な感じだった。ボクの暮らしてた世界や、この世界でのボクの家の周りの雰囲気にはもっと統一感があった。でも東京はブロックごとに景色がちがうんだよね。


 銀座に行った帰りに余裕があったら見て回ろう――そう決めて、またペダルを踏んだよ。


 お城みたいな区域のすぐそばに、見上げてるだけで首が痛くなりそうなビルがある。道は細かく分岐していてほとんど迷路みたいだった。瓦礫も多いから迂回も増えてね。食事を摂るのも忘れて進みつづけて、ボクはやっとたどり着いたんだ。夢の銀座にね。


 でも、これだけは正直にいうよ。

 ちょっとがっかりした――っていうか、拍子抜けしたって感じかな。

 フフフ。いや、ごめん。でも笑っちゃうよ。


 だってさ、なんだかんだ、ボクはボクの想像していた夢の世界を期待していたからね。


 ボクの舌が覚えてる銀座カリーパンは刺激的で、でも素朴な感じがして、ほんのり甘いってイメージでさ。ボクは銀座の入り口……入り口でいいのかな? 地図でいうと北から入ったんだけど、思わず胸ポケットから銀座カリーパンの袋を出したよ。


 見比べて思った。


「ぜんぜん街の雰囲気とちがう」


 不満といえば不満だし、つまらない現実といえばつまらない現実だ。金鶏・銀座カリーパンはトボけた目をしていたよ。


 ボクはね、この看板がどこかにあるんじゃないかって、そんなことまで考えてたんだ。


 なんだかぜんぜんそういう感じじゃなかったけどね。


 食べ物屋さんの名残はいっぱいあったよ。それから大きなショッピングセンターとかね。よくわからないけど豪華な置物があったりしてさ。高そうな洋服屋さんとか、鞄屋さんとかもあったかな。ボクの趣味とはちがったけど。


 駅のちかくも見て回ったよ。なんとなくこうだろうなっていう、そのまんまだった。


 ボクの住んでた世界にもおんなじ印象を受ける街があったんだよね。

 ずっと昔は文化の中心地だったんだろうなって感じのところ。


 ボクはペダルを漕ぐのを止めて、次第に赤くなっていく空を見上げた。変な感じだった。寂しいのとはちがうし、悲しいわけでもない。でも納得できていなくて、あれだけ頑張ってここまできたのになんの達成感もなかった。


 ほとんど命がけのつもりで来たのにさ。

 ボクは苦情をいうつもりで、銀座カリーパンの空袋を出したよ。


「話がちがうじゃないか」


 いってやったよ。金鶏は答えた。


「話どおりだよ」

「どこが? キミの看板はどこにもないみたいだけど?」

「ボクの見つめる先を見てみな。書いてあるだろ?」

「見つめる先?」


 金鶏は左を向いてた。ボクも左を向いた。特になにがあるわけでもない。

 ボクに代わって金鶏がつづけた。


「そっちじゃなくて、袋のほうだよ」


 覚えてるかな? 見落としがちなんだけど、銀座カリーパンの袋の端にはこう書いてある。


 東京、銀座、トラディショナル・テイスト。日本語に訳せば、東京、銀座、伝統的な味。


 ボクは鼻を鳴らしてしまったよ。


「伝統的な味かぁ」


 いまいちよくわかっていなかった言葉の意味が、そのときつながった。ボクが受けた印象どおりの世界だったってわけさ。


 伝統的って言葉の意味は、つまり歴史があるって意味なんだ。いいかえれば、もうずっと前に過ぎ去った時代からいままで続いてきたってことだ。


 ボクは銀座カリーパンがどれくらい古いものなのかよく知らないけど、もしかしたらボクが想像しているよりずっと古いのかもしれない。金鶏は兜をかぶっているしね。


「謝るよ。キミは、ボクが思ってたよりずっとすごいやつだった」


 銀座カリーパンはこの世界を表すのにぴったりの食べ物だった。刺激的だけど、素朴で、はじめて食べたのに懐かしく感じる。これ以上のものはない気がするし、似たようなものは探さなくてもいっぱいあるような気もする。


 けど、いつだってボクを支えてくれる。

 ボクの旅はあっけなく終わった。終わった気がした。

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