表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

手紙を出したときの話

 変震が止まると、ボクは大声で叫んだよ。わー! ってね。実は揺れてるあいだもずっと叫んでいたから、声が枯れちゃってたよ。


 窓はまだガタガタ揺れていた。

 立ちあがろうにも床が波に浮かんでるみたいにうねっていてできない。床に膝をついてハイハイだよ。赤ちゃんみたいにね。窓辺まで行って、壁に捕まるみたいにして、恐る恐る外を覗いた。嵐がきていた。普通の嵐とはちがう、特別な嵐だよ。


 真っ黒な雲が空に籠ってた。明るい緑色の光があたりを照らして、雷が血管みたいにバーッて広がる。そのとき、雷雲のしたで世界が生え変わっていくのを目にする。


 ボクはときあらしって名前をつけたよ。

 荒らしと嵐をかけたんだ。洒落てるでしょ? 変震もそうだよ。変身とかけてる。


 ――名付け自慢はいいとして、ボクはとても嫌な予感がしていた。


 つい数時間前まであった壊れた家は変震で崩れて、時嵐のしたでキノコみたいに新しい家が生えていくんだ。でもぜんぶ、半分くらいは壊れてる。壊れかけの新築だよ。


 ――ということは、どうなる?


 胸の奥がずっとザワザワしてた。風の音と、空が爆発したみたいな雷の音。なんていったらいいんだろう。もうキミは聞いたことがあるかもしれないけど、世界の泣き声が聴こえてくるみたいな気分だった。


 ボクにはどうしようもできない。ただ時嵐が過ぎ去るのを待った。

 最後に一度、耳を塞いでも心臓まで響いてくるような轟音が鳴った。目を開けてらないくらい眩しくて、目を閉じていても脳まで貫いてくるような光だった。


 ボクは気を失って、気づいたときには、部屋が薄青に染まっていた。

 朝さ。太陽が昇りはじめた証だ。

 ボクは窓辺に這っていって、外を見た。

 まったく見たことのない、でも昨日まであったのとよく似た街がそこにあった。


 立ちあがると、まだ世界が揺れてるような錯覚に陥ったよ。あまりのできごとに心の整理がついていなくて、ノロノロ、ノロノロ、部屋を片付けた。


 散らばった本をてきとうにまとめて机に乗せて、振動でズレちゃったベッドを壁際に押し戻して。それから下に降りた。


 よく家が壊れなかったと思うね。固定してなかったものはぜんぶぐちゃぐちゃだった。


 棚から飛びだした食器が割れてたりして危ないから、まず靴を履いた。それからガレージにいって箒をもってきて掃除をした。


 一日のルーティンを守って心を落ち着けようとしたんだ。汗びっしょりだったから、洗濯もしたよ。それから朝食だったんだけど、なにも食べる気がしなかった。


 ボクはソファーに座って、床に落ちてた銀座カリーパンを拾った。食べるためじゃない。


「怖かったね、キンケイ」


 ボクはトボけた目をした鶏にいった。それでようやく冷静になれた。服を着替えて探索の準備をしたよ。行くところは決めてあった。


 前の日に心をこめて書いたお礼の手紙をお気に入りの封筒に入れて、銀座カリーパンをリュックサックのサイドポケットに入れて、万が一にそなえて缶詰と飲み物を持って――いつものスタイルだよね。


「なにこれ……?」


 ボクは外にでて、またパパやママに怒られそうなことを呟いた。朝日に青く照らされた世界はまったくちがう形になってた。雰囲気は似てるけどね。道もボクの知ってる道じゃない。ひび割れたアスファルトだよ。


 ボクはあの子どもの家に行こうとコンパスを出した。文字と記号ばっかりの地図を見て時間を測るんだ。なにが起こるかわからないから、逸る気持ちを抑えて、できるだけ道のうえを行った。ボクは目の前の家を見上げて、すごく悲しくなった。


 住所というか、だいたいの位置はおなじなんだ。家の形はちがうんだけどね。

 ボクが辞書とかを借りた家は二階建てだったんだけど、変震と時嵐のあと、家はアパートに変わってた。古い感じのアパートだよ。日本の映画にも出てきた狭いワンルームみたいな。


 ボクはポケットから手紙を出した。

 虚しかったよ。心が世界に押しつぶされそうだった。涙がでてくるわけじゃない。ただ、なにをしてたんだろうって思ってしまうんだ。


 どうせ無駄になってしまうのに、って。

 ボクは手紙を両手で掴んで破ってしまおうと思った。バラバラに引き裂いて捨ててしまえばいいんだってね。


 でも、できなかった。

 ボクはうめいた。口を閉じていても、なにもいわないようにしていても、お腹のほうから声があがってくるんだ。足から力が抜けて、その場に膝をついて、ボクはかたく目を瞑った。


「泣くな。泣くな。絶対に泣くな」


 なんとか喉から絞りだしたよ。深く息を吸って、ゆっくりと吐き出すんだ。


「そうだ、お腹がすいてるからだ」


 ボクはボクにいった。

 それからボクはサイドポケットに手を伸ばして、銀座カリーパンを取った。相棒だ。ずっといてくれていた相棒。ボクを助けて。


 袋の日付は、その日とおなじ。日付は消費期限だ。

 つまり、もう食べなきゃいけないときがきたってこと。

 ボクは袋を開けて頬張ったよ。消費期限まで粘ったからか、ちょっと乾燥しているような感じがした。パンも少しかたくなってるような気がしたし、風味も弱くなってる気がした。


 でも、それでもボクは、少し元気になれた。

 ボクは袋を丁寧に畳んで胸ポケットに入れたよ。それから手紙を拾って、アパートの傾いた郵便受けに入れたんだ。変な感じだったよ。


 普通はアパートの入り口とかにまとまって郵便受けがあると思うんだけど、そのアパートは部屋のドアのところに郵便受けがついてて、アパートを囲うブロック塀のところに錆の浮いた別の郵便受けもあったんだ。誰宛の箱かはわからないけど、ボクは手紙をそこに入れた。


「家に帰って、やることやらなきゃ」


 って、ボクは確認のためにいった。世界は作り変わってしまった。まずスーパーが残っているのか見てこないと。それから、食べてしまった銀座カリーパンの代わりを見つけないと。


 ボクにはやることがいっぱいあった。

 でも、ボクには銀座カリーパンの袋がついていたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ