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手紙を書いたときの話

 まぁ歌の主人公は雌鳥だし、恋した相手は錆色をした風見鶏だけどね。そういう意味では銀座カリーパンの黄色い鶏だってボクにとっては風見鶏もおなじだった。ずっととぼけた目をしたすまし顔なんだから。こいつめ――なんてね。


 ともかくボクは文字の音を手に入れて、映像からつかいかたを学んだ。実際に人と話せないとこうも学びが遅いのかと思ったね。


 黙っててもわからない。話したほうが早い。そんなシンプルなことも、まわりに誰もいなくなるまでわからなかったってことさ。


 遠慮したり、我慢したり、気をつかったり、それぞれで大事なこともあるだろうけど、本当は声に出して話すべきだったんだろうね。


 そうしなかった後悔が胸の奥のほうに溜まっていくのを感じた。

 ボクは一日のタイムスケジュールを決めた。まず朝の五時に起きる。鶏みたいにね。これは冗談だから笑っていいよ。顔を洗って寝ぼけた頭を起こしたら、まず運動をする。軽い運動だよ。腕立て伏せとかそういう、本当にちょっとした運動。最初は十回も届かずに潰れたね。


 それから、シャワーを浴びて、肌のケアをする。日光が強いんだよね。だから化粧水みたいなのでケアしておかないと、肌が張ってくるのが気になるんだ。


 別にそれでどうっていうことはないんだろうけど、乾いてるとふとしたことで切れるし、お医者さんがいないんだからちょっとした切り傷が命取りになるかもしれない。


 終わったら掃除や洗濯や前日までに集めたものの選別をして、十時か十一時くらいまでは勉強にあてるんだ。頭をつかう作業は早いうちにしておいたほうがいいんだよね。


 キリがいいところまできたらお昼を食べて――変な表現だよね――えーっと、昼食を食べてから探索の準備をはじめる。家の周りに限っていえば、かなり詳しい地図が書けるようになっていたよ。簡単な手紙を作って探索に出て、遅くても十八時には帰るようにした。


 なにしろ街に電気がきていないから、夜になると信じられないくらい暗くなるんだ。出歩くなら懐中電灯なりオイルランプなり光源が必要でしょ? でも燃料は有限だ。夜は出歩かないに限るよね。


 あとはざっくり計算したカロリーに合うように食事をとる。そんなことがどうしてできるかというと、見つけた食材はよく見るとカロリーが書いてあったから。


 ボクの知ってる知識とわかりはじめた日本語のコンビで、いろいろなことが推測できるようになってきていたんだ。


 もういまさらいうことでもないけど、ボクの暮らしてた世界と、この世界は、ほとんどおなじ文化水準にあるとみなせた。細かなちがいは探せばキリない。大枠はおなじでいいんだ。


 それで、何日くらいたったかな?

 日記をつけておけばよかった。これからつけようかな?


 ――ともかく、ボクは最低限のひらがなをマスターできたんだ。会話のための最低限じゃなくって、お手紙を書くための最低限だよ。


 誰への手紙かって思うよね。

 それは、ボクが辞書を借りた家の子どもへの手紙さ。

 細かな内容までは覚えてない。でも、だいたい――そうだな。


「ありがとう。ごめんなさい。じしょをかりました。ぼくはとてもこまっています。ことばがへんならごめんなさい。わかるもじだけでかいています。あなたからかりたじしょのおかげでここまでかけます……」


 だいたい、そんな感じ。手が慣れてないからすごく疲れたよ。文面を考えるのに辞書を引きまくって、映画を見まくって、何日もかけて書いたんだ。


 ほんの五、六行くらいだったけど、あのころのボクにとっては大作だった。

 メモの端っこに見よう見まねで銀座カリーパンの、キンケイの絵も描き入れた。幸運の印になりそうでしょ?


 ボクは満足してベッドに入った。できるだけ気をつけるようにしてたんだけど、その日は手紙をしあげるのに夢中で少し遅い時間になった。


 興奮してなかなか寝つけなかったよ。本当にたまたまだったんだけど、ボクは勉強用のリスニングCDを流すのも忘れてた。どうしても耳に神経がいっちゃうから避けたのかも。


 ほとんどなんの音もしないからいろいろなことを考えた。

 明日の予定とかね。

 起きたらまず掃除をして、だいぶ溜まってきたゴミをちかくのゴミ捨て場に置いて、それから朝食を食べて、洗濯をはじめて、勉強して――。


 わくわくして何度も寝返りを打った。

 意識が遠くなっていく。

 ――寝る。寝た? どっちでもいいか。とにかく、寝そうだったような、寝ているような、まさに寝たときだったような、そのくらいの一瞬だったよ。


 ドンッ! ってベッドに跳ね飛ばされた。

 もちろん実際に跳ね飛ばされたけじゃないよ。ただそう感じたっていうだけさ。ボクはなにが起きたのかわからなかったからね。


 ドコドコ、ドコドコ、ベッドが弾んだ。


「なに!? なに!? なんなのさ!」


 ボクは叫びながらベッドを飛びだした。気づいたよ。ボクが跳ね飛ばされたんじゃなくてベッドが弾まされてるんだ。家がジャンプしてるんだってね。


 地震――第一級の変震だよ。

 二級もすごかったけど、一級は強さがちがった。床が揺れて立ってられない。坂なんかを駆け下りて転んだことはあるかな? ゴロゴロ転がって平らなところまで行ったことは? 


 だいたい、あんな感じさ。

 意識ははっきりしているのに躰がいうことを聞かないんだ。屋根とか壁とかドアとか、家中がギシギシ軋んで物が倒れた。揺れが横に変わってボクは転んだ。机に積んでいた本がバタバタ落ちて、ママにプレゼントされた大きな鏡のついた化粧台も倒れそうだった。下の階ではガラスの割れる音もしたよ。


 ボクはなんとか床を這っていって鏡台に背中をくっつけた。いま思うと危ないよね。下敷きにされたらどうする気だったんだろう。


 揺れはどれくらいつづいたかな? 

 たしか、ボクがはじめて体験した第一級変震だから――ほんの数十秒くらいだったと思うんだけど、すごく長く感じた。日本の地震がそういうものなのか、この世界の地震がそういうものなのか、あのころのボクには見当もつかなかったけどね。


 ともかく、第一級変震は長くても一分くらいしかつづかない。でも被害は甚大。それにあんまり激しいから、時間がぎゅーんと引き伸ばされていく感じがする。嫌だったり退屈だったりする時間は長いよね。あれとおなじ――というか、もしかしたら時間を長く感じているときボクらはちがう世界に飛ばされているのかも。


 わからないけどね。

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