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短編 待ち受け画面の人。 最終話 待ち受け画面への想い。 

作者: 単独行

いよいよ就活が解禁になった。余裕のある人たちは早速動き始めていたが、僕はまだ先が見えず、人生の岐路という迷路を彷徨っていた。

でも、卒論という難問は、卒業を控える大学生にとってクリアするのが必須で、平等に課せられているから、「卒論が先だ」と自分を鼓舞してはいるが、今の僕には、卒論以上の難問と不平等な問題が立ちはだかっていた。


僕は経済的に大学に通う事が難しい環境だったが、奨学金にアルバイト、そして、我が親の援助があって、なんとかここまでやってこられた。

今思えばハードな4年間だったが、身体を壊さなかったのは、中高と陸上部で鍛えた成果なのだと思う。卒論もこのまま努力を怠らなければ、なんとかなるはずだ。

だが、卒業できたとしても奨学金の返済という義務は残されたままなのだ。


奨学金の返済というと、一見聞こえはいいけれど、ようは借金の返済なのである。

しかも、裕福でない僕が、確実に返済する方法は2つしかない。


一つは奨学金返済をする為に安定した収入を得られる職業に就くか、入隊し兵役を3年勤めれば奨学金返済が免除されるという制度を利用するかである。


兵役を前向きに考えれば、規律は厳しいが、訓練の中で様々な資格を取得でき、身心も鍛えられる。上官から認められ昇進試験をパスすれば階級できるシステムもある。

しかし、この制度の最大のリスクは、米国が介入する紛争地域へ赴かなければならないことだ。

この制度の基礎となっているのは米国の「軍人社会復帰法」と言われるもので、何十年も前からある制度らしいが、戦闘活動を経て、精神を病み自殺してしまう人が後を絶たないということを聞く。勿論、僕らの国でもこの制度を使い、兵士となって海外へ赴いた人も多く、公には公表されていないが、戦闘に巻き込まれて死んでしまった人がいると僕たち学生の間でも実しやかに噂されている。


この問題のもう一つの側面にあるのは、奨学金制度を受けている女子である。

自力で返済できなければ、僕らと同様に、兵役を務めるか、軍事関係の企業への勤務につくという選択肢がある。

もちろん、この選択をしなくても良いが、どちらも選ばずに就職した人の中には、奨学金返済のために生活が困窮し、風俗でバイトしながら返済している人もいると噂に聞く。


マイナンバー制度の導入と、この奨学金返済制度が紐づけされた事で、奨学金滞納者はほぼ0になり、経済的にひっ迫している本当に学びたい人の為にはなっているが、借金をしてでも大学に進学したことが、幸福につながっているのかを問わずにはいられない。

こうなってしまった背景には、物価や消費税ばかりが上がり、給料が据え置かれている社会に問題があるのだが、そうなってしまった真の理由は、経済学部の人達も分からないらしい。

しかし、どうあれ、すべてはお金の話である。裕福な家庭の下に生を受けたならこんな苦難も味わわずに済んでいるんだろうけど、それを言ってもしょうがない。


今日もまた、月一で集まるメンバーと共に居酒屋で酒を交わしながらたわいのない話を繰り広げている。

在籍する大学はばらばらであるが、バイト先で出会った心許せる仲間である。そして、卒業を前にする僕らの話題の主たるものは、ほんの少し先の未来についてだ。


「で、お前、どうすんのよ」


「・・・・・・都心で就職できたとしても、生活しながら奨学金を返済するのは無理そうだから、地元で職を得て、奨学金を返済しようかなと考えてる」


「・・・・・・そうか。そうするか」


「うん。無理して学校に通わせてくれたからな。それに、入隊するのは母さんがよく思ってないみたいだから、止めた方がいいのかなと」


そう言うと、僕の前の席に座っている香奈が冗談っぽく、「わー。ひょっとしてマザコン? 」といって茶化した。隣にいた香織も「わぁー。きもい」といって笑っている。

僕は少しむっとして


「そんなんじゃないよ。親の気持ちを思うって、大切だと思わないか」


と反論すると、僕の隣で枝豆をつまんでいた浩一郎が「まぁ、まぁ。そうむきになんなよ」と、僕をなだめて、


「俺の場合、家族は母さんと妹だけだから、返済の選択としては制度を使うしか手がない。俺の母さんも入隊する事は心苦しく思っているみたいで、「ごめんね」って言ってる。でも、俺のわがままで進学したんだから、ごめんねって言わせていることを心苦しく思うよ。だからさ、お前の気持ち、よくわかるぜ」


といって、肩をたたいた。僕は少しうれしくなり「おおっ。分かってくれるか同士! 」といって握手を求め浩一郎と固い握手をした。

それを観ていた女子は「なになに。熱い友情ってやつ? 」といって笑った。

なんというか、この二人は本当に遠慮がない。


すると浩一郎が「それはそうとお前らはどうするの? 」と二人に聞くと、ルックスに自信ありの香織は満面の笑みを浮かべ、


「へへっ。そんなの決まってんじゃん。素敵な旦那様を捕まえて幸せに暮らすの」と言った。


香織はいつも自信に満ち溢れている。その根拠のない自信はどこからくるのだろうかと思うけれど、それでも香織はルックスからは想像できない天性の賢さを兼ね備えているから大丈夫なのだろうと思う。しかし、香織の隣でジョッキを傾ける香奈は少し顔を曇らせ「私は香織みたいにはできないなぁ・・・・・・」と呟いた。


「香織は可愛いし賢いから乗り切っていけるかもしんないけど、この街に住み続けようと思ったら普通のOLの収入では、生活するだけで精一杯。その上に奨学金を返済しようと思ったら、制度を利用するか、ダブルワークしないといけなくなるけれど、それでも、女子には選択が寛容な制度だから、才能がなければ寮生活を強いられるけれど軍事企業で働きながら自分のスキルを高めてみるという可能性もありなわけだし、そう考えると一概に否定的な感情ばかりじゃないけど・・・・・・」


「けど? 」


「女子は選択肢が多いからいいと思うの・・・・・・でも、男子はそうはいかないじゃない」


香奈は語尾を強めてそう言うと、浩一郎は少し戸惑いながら答えた。

「まぁ、確かにどちらにしてもハードワークではあるな。けど、仕方がないよ。なぁ」と、僕に同意を求めてコップに残ったビールを飲みほした。

香奈は、小さく頷き、氷の解け始めた酎ハイのジョッキに両手を添えると、ゆっくりと話し始めた。


「でね・・・・・・。この間ね。お母さんの実家のお墓参りに行ってきてね、その時に尻もちをついてた知らないお婆ちゃんを助けたの。そしたらそのお婆ちゃんに話しかけられてね・・・・・・」


「うん」


「そのお婆ちゃんね、若い頃に旦那さんを海外派兵で亡くされててね。今でも古い携帯電話の待ち受け画面に旦那さんの画像が残されてて、今でも消せないって・・・・・・」


途切れ途切れに紡ぎだされる香奈の言葉は、未来の僕たちの世界線の一つなのかもしれないと思い、浩一郎と僕は黙り込んでしまっていた。


「・・・・・・好きになった人が兵士になったら、ずぅっと心配してなくちゃいけなくなるじゃない。もしかしたらお婆ちゃんの旦那さんみたいに突然死んじゃうかもしれない。そうなったら私、私、きっと耐えられなくなって・・・・・・」


そう言った途端、子供のように「うわぁ~ん。」といって泣き出した。

香織は香奈の背中を「大丈夫だよ。大丈夫だよ」と言いながらさすっている。

香奈の感情が溢れてしまったのは、ずいぶんお酒を飲んだせいでもあるけれど、本当の理由は浩一郎の事がずっと好きだったから。


普段勝気な香奈は、友達以上の距離感で浩一郎としゃべっていて、浩一郎もまんざらでもないみたいだったけれど、二人はあえてその距離感を保っているようにも見えた。

その様子に、じれったさを感じていた僕と香織だったが、二人の気持ちを尊重して、余計なお節介はせずにいた。


浩一郎は泣きじゃくる香奈にハンカチを差し出し「ほれ、これで拭けよ。化粧が流れ落ちてるぜ」と冗談を言うと「ばか! 浩一郎はほんっと女心を分かっていない! 」といって、枝豆を一つ掴み思い切り浩一郎に投げつけた。


「おっかねぇ。」といって笑う浩一郎。でも、ここで一番不安を感じてるのは浩一郎自身なのだろう。


僕らは何度もここで酒を酌み交わした。様々なことを本気で語りあった。

来年の今頃は、それぞれがそれぞれの道を歩んでいて、こうやって気軽に集まることすら出来なくなるだろう。そう思うと寂しい気持ちにもなる。

けれど、新自由主義と格差社会の中では、今以上の困難に出会うだろうから、寂しがっていてはいけない。そう、僕らは厳しい現実を生きていかなければならないのだから。


店員さんがオーダーストップを告げに来ると、皆は「もういいよね」といってうなずいた。すると香織が「ねぇ、記念写真撮っておこうよ。何年もこうやって飲んでんのに、この集まりだけだよ。写真一枚も取ってないのは」といって、ブランド物のカバンから香りの趣味であるカメラを取り出した。


「ちょっとお兄さん。これで写真撮ってくれない? 」


忙しそうに後片付けをしている店員さんを躊躇せずに呼び止めると、「さあ、みんな集まれ!! そしてこれでもかっていう笑顔を見せるんだよ! 」と言った。

僕らは香織の方に回ると「浩一郎は香奈の横に座って! 君はこっち! 」といって、意図的ポジショニングした。僕は「やるなぁ」と感心していると、店員さんが作り笑いをして「撮りますよ」といってシャッターを切った。

香織は女優のような笑みを浮かべ「ありがとうね」と言うと、作り笑いをしていた店員さんの表情が和らぎ、少し照れたように「いえ」といって再び食器を持って軽く頭を下げた。

そんな香織の立ち居振る舞いを見ていると「さすが」と思わず感心した。


酔っぱらっている香織は懸命にカメラを操作し、「送信!」といってパネルをタッチし右手を上げた。

すると僕らの携帯の着信音が一斉に鳴り、ファイルを開けるとそこには楽しそうに笑っている僕らの姿が写っていた。

その写真を見つめていた香奈は、嬉しそうに微笑むと、浩一郎に気づかれないように、こっそりと待ち受け画面にしていた。



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