2-9 始まりの合図 ⑨
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そよそよと風に揺れるシロツメクサの中に寝転んで、リリカは空を見上げた。
空は高く、雲は早い。宝石にも綿あめにも見えるそれらは、どれだけ手を伸ばしても届くことはない。
(ママは、わたしがいらないのかしら?)
思う度に、飲み込んできた言葉。口にすることは、出来なかった。それは、周りの大人達を悲しくさせるだけだと分かっているからだ。
リリカの母親は、海の向こうの国に居る。それは、いつものことだった。仕事が無くならない限りは、母親はいつまでも戻ってこない。
「できたよ。リリカ」
シロツメクサで編んだ輪っかを持って、リリカの隣に男の子が駆けてきた。ヒカルだ。
ヒカルの向こうでは、バスケットを持ったアオイが笑いかけている。
受け取ると、リリカはシロツメクサの輪っかを頭に乗せてみた。それはリリカの頭をストンと通り抜けて、首にかかる。
「てぃあらを、作ったんだよ」
ヒカルは、少し悲しそうな顔をした。
「でも、あたし、ネックレスがよかったの」
「じゃあ、こんどは、てぃあらをつくるよ」
隣に腰を下ろして、ヒカルはせっせとシロツメクサを集めている。
リリカは、ヒカルの横顔を眺めた。彼の真っ赤な髪は、太陽のように燃えている。
「あたし、アオねえみたいな、ママがほしかった」
「ママみたいなものだって、おとなりのおばさんが、いってたよ?」
「ヒカルは、そうね。でも、あたしのママじゃない」
リリカの目は、アオイとヒカルの赤毛に向けられている。二人の間に居る時、自分だけが違う髪の色であることが、たまらなく孤独を煽るのだ。
「アオねえは、あげられないからなあ……」
草を編んでいた手を止めて、ヒカルはううんと頭を捻った。
しばらくして、なにか思いついた様子で、ヒカルはリリカの手をとる。
「じゃあ、リリカのほしいものは、ぼくがつくったげるよ!」
リリカがティアラかと尋ねると、ヒカルは全てだと答えた。
「おクツも?」
「うん。いいよ」
「おハナじゃなくて、ほんものよ?」
「うん。つくってあげる。いまは、ちょっとしかつくれないけど。おとなになったら、もっとたくさん」
「ドレスも?」
「うん。いいよ」
もちろんだよと、ヒカルは笑う。
リリカは、本当はクツもドレスもいらなかった。ただ、ヒカルの気持ちを嬉しく思った。
「おとなになっても、ずっとあたしと、あそんでくれる?」
「うん。ずっと、いっしょにいるよ」
「やくそくだからね? ぜったいよ?」
「うん。やくそく」
無邪気なヒカルと小指を結んで、リリカは微笑んだ。
「ずっと、ずうっとよ。あたしと、いっしょにいてね」




