95/408
2-9 始まりの合図 ⑧
*
アドベンチャーニューワールドから十数キロ離れた、とある埠頭。
海を眺めて愛を語り合っていたカップルの前に、それは突然現れた。
全身黒づくめのインドラ――北上である。
勢いをつけて海から上がると、北上はカップルに頭を下げて、彼らから少し離れた場所へ移動した。ガスマスクは、海に落下した時になくしてしまっていた。
北上は髪をかき上げ、ベストとシャツを脱いで水を絞る。濡れた革靴が、歩く度に不快な音を立てている。
「あの……大丈夫、ですか……?」
カップルの男の方が、彼女を後ろに下がらせながら、北上に話しかけた。二人の顔は突然の事に驚きつつも、北上の身を案じている。
「大丈夫です」
固く絞ったシャツを軽く叩いて伸ばすと、北上はそそくさと着替え始める。
「あの……救急車とか、呼びましょうか?」
「いえ。不要です」
頭を下げて礼を伝えると、北上は濡れたベストを肩に掛けて方角を頼りに歩き出した。
見上げた空には、月が浮かんでいる。
クシャミを一つ。日付が変わる前には帰りたいものだと、北上は独りごちた。




