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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-9 始まりの合図 ⑥



 十九時十分。


 闘いを終えてアストロエリアを離れたヒカルは、人目に付かぬように注意を払いながらダイナソーエリアを抜け、メルヘンエリアへと向かっていた。その途中で警察らしき男達の姿を見たが、彼らはヒカルの姿には気付かなかった。


 荷物を隠しているレストスペースの傍までやってくると、ヒカルは地面に降りて歩き始める。


 通り抜けていく夜風の冷たさで、ヒカルはスーツの左腕が破けていることに気付いた。またダメにしてしまったと、ヒカルは心の中で中林に対する謝罪の言葉を口にする。無線を仕込む際に、全体を強化してもらったばかりなのだ。


 エリアの向こうのエントランス付近からは、人々の声が聞こえてくる。そこから伝わってくる雰囲気は恐怖とは異なるように感じて、ヒカルは安堵していた。アナザーが消えたことで、全ての脅威は去ったのだと理解したからだ。


 不意に、後ろで何か音がした。


「ヒカル……?」


 リリカだと、ヒカルは瞬時に理解した。


 リリカの言葉を受け止めた背中が、殴られたような衝撃を覚える。ヒカルは、ゴーグルとフェイスガードで覆い隠した自分の顔が、青ざめて凍り付いていくのを覚えた。


 月は欠けていて、現場は薄明り。いつものように変装し、顔は誰にも見られていない。


「違うの? ねえ、あなた……」


 頼りなさげな、リリカの声。


 近づいてくる足音。跳ね上がる心音。破れたスーツから露出した左腕が、風の流れを痛いほどに感じている。


 ヒカルの頭は混乱で何も考えられなくなり、額から頬を伝って大粒の汗が流れ落ちていく。


「ねえ、あの――」


 リリカの言葉を遮って、ヒカルの足元には矢が撃ち込まれた。


 ヒカルがキツネの姿を探そうとするや否や、直ぐに二の矢が放たれる。


 同時に放たれた幾つかの矢のうちの一つがリリカの方へ逸れたことに気付いて、ヒカルは彼女の元に跳んだ。


 走る、閃光。


「――キサマ、何処までも……っ!」


 キツネの声を耳にして、ヒカルは空を見上げた。腕の中には、驚き気を失ったリリカの姿がある。


「インドラ!」


 キツネの怒声。


 ヒカルの前には、砕けた矢の欠片が地面に散らばっている。


 少し離れた物陰から、インドラが姿を現した。それを見てヒカルは身構えるが、直ぐにインドラには敵意がないことに気付く。


「生き残れ、少年」


 インドラの表情は、ガスマスクのために見えない。


「次がないことを、祈っている」


 そう言い残すと、インドラは宙へ跳ぶ。


 その後ろを直ぐに別の影が追うのを、ヒカルの目は捉えた。キツネだ。


 リリカを抱えて立ち上がると、ヒカルは改めて周囲を見渡した。辺りにはもう、アナザーの気配はない。ハンターらしき人物の姿もない。


 リリカをベンチへ寝かせると、ヒカルは彼女に怪我がないことを確認する。


 直ぐに戻るよと声をかけると、ヒカルは荷物の隠し場所へと急いだ。

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