2-9 始まりの合図 ④
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十八時四十五分。
エントランスの傍で人ごみに揉まれながら、リリカは友人達とゲートが開くのを待っていた。
スマートフォンやデジカメで実況中継しているグループや、辺りの様子を撮影しているマスコミ。そういった周囲の喧騒を、リリカは不愉快に感じている。
淡路と別れてから随分と経っているが、リリカは未だ駅まで辿り着けていない。
パーク内では情報が錯綜していて、アクア方面へ避難を促す者もあれば、正面のゲートへ誘導する者もいる。何処へ向かえばよいか分からず混乱しているうちに、今度は身動きが取れなくなってしまったのだ。
「リリカちゃん。大丈夫だからね。きっと、家に帰れるから。そうだ、昔、アメリカの空港でハリケーンが直撃した時は……」
チェックシャツの男の子は、先ほどからリリカに何度も声を掛けている。リリカのことを、勇気づけようとしているのだ。
ありがとうと短く答えて、リリカはそっと右手のスマートフォンに視線を落とす。
着信は、ない。
リリカは胸の前で、左手をギュッと握りしめた。
淡路は、ヒカルを見つけてくれただろうか。ヒカルは、無事だろうか。
(私……ひどい)
先ほどからヒカルのことばかり考えている自分に気付くと、リリカはチェックシャツの男の子の顔をまともに見られなくなった。
「どうしたの? リリカちゃん。大丈夫?」
大丈夫と答えて、リリカはそっと目を背ける。
するとリリカの目に、遠くの「テラ」の明かりが映り込んだ。
(……もう、忘れちゃったのかな)
「テラ」には、いつか一緒に乗ろうと約束したメリーゴーランドがある。
「ピカピカのたづなをつけた、白いお馬にのせてね」
「うん。いいよ」
「あ! やっぱり、赤くて、お花がたくさんのばしゃにのせて」
「うん。いいよ。リリカが好きなやつにしよう」
子供の頃の会話を思い出して、リリカは寂しい気持ちになった。
ヒカルは今日、誰とここに来ていたのだろう。
突然、手の中で起きた振動に驚いて、リリカは慌ててスマートフォンの画面を確認した。
「リリちゃん? 聞こえる?」
電話の相手は、アオイだ。
リリカが返事すると、アオイが電話の向こうで深く息を吐いた。
「……どれだけ、心配したと思う? 無事で良かった……」
「アオ姉……ごめんなさい」
アオイの声が震えているのが分かると、リリカの目にも涙が浮かんだ。
アオイに居場所を尋ねられ、リリカはゲートの傍で足止めされていることを伝える。
「分かった。ゲートの件は、こっちからも確認してみるから。それから、あと――」
ヒカルの話だと察して、リリカは息を飲む。
「ヒカルは、もう出たみたい。だから、心配しないで大丈夫」
また連絡すると言い残して、アオイは口早に通話を終わらせた。
リリカは、スマートフォンの待ち受けをボンヤリと眺める。
(アオ姉ってば……相変わらず、嘘が下手なんだから……)
リリカはアオイの口調で、ヒカルとはまだ連絡が取れていないのだと察していた。
目から零れ落ちそうになった涙をグッと堪えると、リリカは真っすぐに前を向く。
「リリカちゃん。電話、大丈夫だった? お母さん?」
お母さんという言葉は、ある意味正しいのかもしれないとリリカは思った。アオイは本当の母親よりも傍に居て、いつも自分を気にかけてくれている。
「あのね、きっと、このゲートはもうすぐ開くと思う。私のお姉ちゃんが、なんとかしてくれるから。だから、開いたら直ぐに皆で帰ってね」
リリカが笑いかけると、チェックシャツの男の子は動転した様子をみせた。
「今日は、ありがとう。私、ちょっと迎えに行ってくる」
心の中ではアオイに謝りながら、リリカは人ごみの間を縫って駆け出した。
チェックシャツの男の子がそれを追おうとしたが、リリカの姿は直ぐに遠くなっていく。
リリカの脚は、「テラ」へ向かっていた。




