2-9 始まりの合図 ①
九、始まりの合図
二〇×一年 十二月 二十五日 土曜日
十八時十分。
ダイナソーエリア。
走り寄ってくる人影が近付くにつれ、佐渡と国後の表情は安堵から恐怖へと変化していった。
「東條さん!」
国後が悲鳴にも似た声をあげて、アオイの元へ走り寄る。その後を佐渡、城ヶ島、能登の三人も追った。皆の視線は、アオイの赤く染まった腹部に向けられている。
「馬鹿野郎っ! お前が居て、何やってたんだよ!」
国後が、淡路に掴みかかった。
淡路は目を逸らさず、無言で国後の怒りを受け止める。
「心配しないで。私のじゃない。そうだったら、こんなに動けないでしょう?」
「でも、東條さん! それに、さっきの爆発は」
「国後。大丈夫」
アオイは、ケガ人の手当をしていて血が付着しただけだと説明する。さらに、爆発については、自分たちにも分からないのだと答えた。アオイは本当に、それが何故起きたものなのか知らなかったからだ。
爆発の起きた方向が既に一般客が避難済みのエリアであること、また付近のエリアでハンターの目撃情報があることなどから、アオイと淡路は先に特務課のメンバーと合流することにしたのだった。
アオイは爆発と白衣の青年との関係を怪しんだが、結局、彼女はそれから逃げるようにして此処へやってきている。
佐渡は尚も心配そうな目をアオイに向けていたが、やがて言葉を飲み込んだ様子で、淡路から国後を引きはがした。
国後は地面を強く蹴りつけて、行き場のない思いをぶつけている。
その傍では能登が、オロオロと皆の顔を見回していた。彼はまだ、起きていることの全てを理解出来た訳ではなかった。
能登を城ヶ島に任せると、佐渡はアオイと淡路に状況の説明を行った。それによれば、能登がインドラに取り付けたGPSの反応が、このダイナソーエリアで確認できたのだという。
「……で、それが、あの下ってこと?」
「そうっす。流石に、無事ではないと思いますがね」
皆の前には、瓦礫の山が広がっている。船を模したアトラクションや恐竜のオブジェなどが破壊され、一個所に山の様にうず高く積まれているのだ。
時間がないと判断し、アオイは能登に声を掛けた。
「能登。片付け、出来る?」
アオイの言葉を、城ヶ島も能登に向かって復唱する。
しかし能登はアオイの赤く染まった洋服が気になっているようで、アオイと城ヶ島の顔とを交互に見るばかり。
アオイは能登の傍へ走り寄ると、彼の手を取って自分は無事だと伝えた。
「能登。私は、大丈夫。怪我はないの。それよりも、助けを必要としている人がいる。この下にインドラがいるのなら、直ぐに助けないといけない。あなたの力が、必要なの」
アオイが目を見てゆっくりと言い聞かせると、能登は直ぐに自分のやるべきことを理解した。
能登は瓦礫の山へと駆け寄ると、二本の腕を重機のように扱いながら、瓦礫の中を猛然と突き進んでいく。
能登の作業を見守りながら、佐渡が救急車の手配状況を確認している。此処へ来て直ぐに要請したのだが、近隣で起きている大渋滞のために当分は到着が見込めそうにない。
無線に集中していた国後が、アオイの方へ声をあげた。
「東條さん。エントランス付近で混乱が起きていて、避難が進んでいないようです。水族館方面に客が逆流してます!」
国後は、マスコミなどの一部が避難指示に従っていないようだとも付け加えた。
「他のハンターの場所は? 特定、出来てる?」
アオイの問いに、国後はアストロエリア付近だろうと答えた。断定出来ないのは、彼が盗み聞いていた一課の無線の内容を完全には信用していないからだ。
アオイは全員に、少しでも長く、ハンターとアナザーとをアストロエリア内に足止めすると伝えた。最悪の場合、このテラの全てのエリアが破壊されたとしても、アクアが無事であれば最悪の事態だけは免れる。
城ヶ島と能登にはインドラの救出を、佐渡と国後には引き続き情報収集を指示して、アオイはアストロエリアへと向かう。
その腕を、淡路が掴んだ。
淡路が指す先では、瓦礫の中から這い出てきたインドラが、散乱する鉄くずの山の上で体に着いたゴミを払っている。
能登は驚いた様子で尻もちをついていて、城ヶ島が慌てて彼に駆け寄っていた。
「インドラ! 大人しくしていなさい。怪我が……」
言いながら、アオイは言葉を失った。スラックスに多少の汚れが見られるものの、インドラに怪我をしている様子はないからだ。
インドラは腕時計を確認すると、アオイの方へ一度向き直り、軽く頭を下げた。そして何事もなかったかのように、彼は宙を跳ぶ。
インドラがアストロエリアの方へ向かうのを見て、アオイも直ぐにそれを追った。
途中、追いかけてきた淡路に腕を引かれ、アオイは建物の陰で足を止める。
「インドラは、問題なく追えています。アオイさん。……ヒカル君に、連絡してみて貰えますか?」
「……嘘でしょ?」
「リリカちゃんは、ゲートまで避難出来ています」
報告が遅くなったと、淡路が頭を下げる。
ふらつくアオイの肩を、淡路の手が支えた。
アオイは、意識が遠のくように感じていた。




