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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-8 夢の終わり ⑧



 十七時十八分。


 林の中を行く女を、キツネ――南城は追っていた。


 辺りには木々が密集し、刀を振るい弓を曳くスペースは存在しない。明らかな罠だと分かっていたが、それでも南城は女を追って走り続けている。


(相当な数を食らったな……)


 女の体が放つ核の気配は、以前対峙した時とは比べ物にならない程に強さを増している。


 南城は、前を行く女の、その幼さを感じる背中に憐みの視線を送った。南城の脳裏には、ヘカトンケイルと呼ばれている少年の姿が思い浮かんでいる。果たして彼らは、本当に自分の意思で核を求めているのだろうか――。


 やがて、女が足を止めた。


 距離を保ち、南城は女と対峙する。意識は腰の刀に向けられていたが、それを抜くには周囲の木々が邪魔だった。正確な現在地は分からないが、随分と林の奥深くまで誘導されたようだ。


「さあ、いらっしゃい」


 女の囁きに応じて、南城の周囲をアナザーが取り囲んだ。


 召喚されたアナザー達は半透明の姿をしていて、リュウグウノツカイを思わせるような平たく長い体は全体が淡く光を放っていた。それらが長い尾をうねらせて空中を優雅に泳ぐ度、南城と女とが交互に照らし出される。


「私が欲しいのは、あなたの核だけ。抵抗しなければ、命までは奪わないわ。……と言っても、あなたには無駄なのかしら?」


 女の声は、南城の返答を必要としていない。闘いは避けられないのだと、彼女の声は言っている。


 やはりなと、南城は心の中で呟く。彼女はあの日、校舎の屋上で会話した時から感じていた違和感の正体に気付いた。


「誰に唆されたか知らんが、お前は、核を取り込むことの意味を知らないようだ」


「そんなことで、油断するとでも――」


「核は、既に同化している」


 女の言葉を遮って、南城は真実を告げた。


「失うことは、死ぬことと同じ。私もお前も、死ぬ時、体なんぞ残りはしない。残るものは、核だけだ」


「なに、言うの? それじゃあ、まるで」


「お前の考えている通りだ。核を取り込めば、それだけ人ならざる者へ近づいていく。お前も良く知る、アナザーに」


「……よ、そんなの」


 女が、なにか短い言葉を呟いた。

 しかしそれは、南城の耳には届かない。


「お前、短期間に、相当な数の核を食らったろう? お前の気配はもう、人間のそれとは違う。……本当は、気付いているんじゃないか?」


 女の口元は、血の気を失ったように蒼白に見えた。それは、二人を交互に照らすアナザーから発せられる光の為だけではない。


 時間にして、数秒。女はその僅かな時間、心を別の所へと向けていた。


 女は口元を固く結び、再び南城へと向き直る。ベールの下のその視線は、南城を通して別の誰かを見ている。


「つまり私は……もう、人間ではないのね」


 女の口調は、戦意を削がれたようには聞こえない。

 刺さるような敵意を覚えて、南城は咄嗟に自分の胸元へ意識を向ける。


 突然、南城を囲んでいたアナザー達が、女の後方の林へと飛び込んでいった。


「人間とは、違う。私……そう、私は、神に近づいている。そうでしょう? 私は、人ではないのだから!」


(……壊れたか)


 南城は、刀の柄に手を伸ばす。しかしすぐに、南城は柄に触れた手を、そのままピクリとも動かすことが出来なくなった。


 女の後方から再び現れたアナザー達が、人間の腕を掴み、引きずっている。その見覚えのある赤毛が東條アオイだと気付くと、南城は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。


「あら。なんて、悪い人なの。後ろでコソコソ、何を聞いていたのかしら? ……こんな所にいる人間が、唯の客の筈がない。そうでしょう? キツネ」


 アナザーに拘束されたアオイの横顔に、マスコミか、警察かと、女は楽し気に問いかけている。しかしアオイは、気を失っているようだ。


 アオイの左脚からは出血していて、左の頬は赤くなっている。

 南城は、自分の体が震えているのが分かった。


 これまでアオイの所在を確認しなかったことを、南城は後悔する。アオイがアドベンチャーニューワールドにいることは、彼女の仕事柄容易に想像出来たはずだ。


「人でなくなる? それが一体、なんだというの? 私は、神になる。神になるの。キツネ。あなたに、人が殺せて?」


 女が、扇子を取り出してアオイの首筋に近づけた。


「私が欲しいのは、核だけ。あなたが抵抗しなければ、この女には手を出さないであげる!」


 武器を捨てろと、女は叫ぶ。


 南城は腰の刀を引き抜くと、それを地面へ向けて放った。刀は南城の手を離れると、まるで淡雪のように溶けて消えていく。


「他にも、あるでしょう?」


 言われて、南城は懐に忍ばせていた短刀を放った。それは刀のように消えることなく、ゴトリと地面に落下する。


 南城が武器を放棄する様を見て、女は顔を醜く歪ませていた。そこにあるのは、南城に対する明らかな嫌悪だ。


「……そんなこと、ある筈ないわ! キツネ。それで、自分を刺しなさい。出来たら解放してあげる。でも、そんなこと――」


 南城は地面から短刀を拾い上げると、鞘を抜いて、それを自分の左肩に突き刺した。


「――これで、いいか?」


 引き抜いた短刀を、南城は女の足元へ向けて放る。

 南城の声は、痛みに耐えて震えていた。


「うそ……嘘。だって、だって……あなたも、私と同じ筈でしょう……?」


 南城の左腕を伝って、地面には血がポタポタと零れ落ちている。


 女は頬に手をあてて、無心に短い言葉を繰り返す。


 その人を解放しろと、南城は叫んだ。


「――うるさい。うるさいっ!」


 南城の声で我に返った様子で、女が手を振り上げる。


 女の扇子から生じた衝撃波を、上空から現れた影が弾いた。


「ヘカトンケイル!」


 二人の頭上から現れたヘカトンケイルが、周囲の木々をなぎ倒しながら女をエリアの外へと運び出していく。


 南城は素早く短刀を拾い上げると、アオイを拘束していたアナザーを瞬時に切り捨てた。さらに分裂を防ぐために、細切れにした体を凍らせ、跡形もなく砕く。


 拘束を解かれたアオイは、地面に崩れ落ちた。

 意識を取り戻しそうだと察して、南城はアオイを残し、二人の後を追う。


 林を抜けると、崖を昇ったアストロエリアの中で女とヘカトンケイルが闘っていた。女はエリア内に残っていたアナザー達を呼び寄せて、ヘカトンケイルへと差し向けている。


 しかしヘカトンケイルはアナザーを避けて、女を直接攻撃している。彼もまた、アナザーが分裂することを忘れてはいない。


 女が傘を広げてヘカトンケイルの一撃を防ぐ度に、彼女の立つ地面には亀裂が走った。


 南城は強く踏み込んで二人の間に割入ると、女の首目掛けて刀を振るう。


 女は、寸でのところでそれを回避した。


「お前、もう楽には死ねないと思え……!」


 左腕の痛みを堪えて、南城は再び刀を振るった。


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