1-3 噛み合わない関係 ③
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時を同じくして、校舎のとある教室では、リリカが校庭の様子を眺めていた。幼馴染のヒカルが、坊主頭の少年と一緒に走らされている。珍しい光景だ。
リリカがしばらく眺めていると、今度は武道場から生徒たちが次々と飛び出してきた。まるで、何かに追い立てられるようだ。
リリカが事情を理解する間もなく、校庭にはあっという間に人が増えていく。そうしていつの間にか、四十人ほどの男子が校庭を全力疾走する事態となっていた。その中ほどには、何故か体育教師の南城の姿がある。
「授業中」
丸めた教科書で頭をコツンと叩かれて、リリカは我に返った。数学教師の北上が、いつの間にか隣に立っている。
「彼氏じゃなく、授業に集中してくれ」
「彼氏じゃありません!」
「反応まで似てきたな」
「先生、意地悪」
リリカが顔を赤くするのをみて、クラスの中に小さな笑いが起きた。それを見て、北上の纏う空気も少しだけ柔らかくなる。
北上に黒板の問題を解くように当てられて、リリカはノートを手に立ち上がった。クラスメイトが自分に期待を寄せているのを肌で感じ取って、彼女はそれを嬉しく思う。
リリカは人前に出ることも、注目を集めることにも抵抗がなかった。そのどちらも大好きで、自分から積極的に手を上げることも多い。皆が自分を見ている時、彼女は自分が必要とされているように思うのだ。
二、三分と経たずに式を書き終えると、リリカはクラスを見回して北上に声を掛けた。
北上はいつの間にか、教室の一番後ろまで移動している。彼は窓の外に目を向けていたが、直ぐに黒板の前まで戻り、リリカを褒めてから問題の解説を始めた。
「少しレベルの高い応用問題だが、よく出来ている」
北上に褒められ、クラスメイトから羨望の眼差しを向けられて、リリカはすっかり気分を良くした。実をいうと数学は得意ではなかったが、何時あてられても困らないように予習と復習だけは欠かさず行っているのだ。
(昨日、ちゃんと解いておいて良かった)
思い返しながらパラパラとノートを捲るうち、とあるページの隅に見慣れた筆跡を見つけて、リリカは息を詰まらせた。ヒカルの字だ。それは一緒に勉強をしている時に、ヒカルが解説しながらメモを残したものだった。
リリカは不意に、北上の言葉を思い出す。
反応まで似てきたなと、北上は言った。つまり、北上はヒカルにも同じような質問をして、ヒカルは同じように答えたのだろう。
ヒカルとの関係を問われる度に、彼氏ではないと否定する度に、リリカは何故か胸が重苦しくなるのを感じる。二人は幼馴染で、ずっと一緒に過ごしてきた。それが今になって、不思議なことのように思えるのは何故だろう。
皆には、この関係は一体どんな風に映っているのだろうか。
ノートに向かいながら、ヒカルの筆跡の上をそっと撫でながら、リリカは胸につかえるものを感じるのだった。