2-7 FACE ⑩
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十五時。
サンタ姿のペンギン達がヨチヨチと歩く姿を見ながら、ヒカルの心は遠くにあった。
アンズが隣で動画を撮っているが、ヒカルは自分も同じように撮る気にはなれず、別のことばかり考えてしまっている。
どの水槽を見ても、アンズと何を話していても、心の根っこの部分にはリリカの姿があるように感じて、ヒカルは落ち着かないのだ。
「カワイイね! 東條くん」
アンズは、普段よりもはしゃいでいた。元々水族館は好きなのだが、クリスマスシーズンは普段とは違う演出が多くある。何より今日は、ヒカルが一緒だ。
「ねえねえ、東條くん。見て! 小さなサンタさん」
アンズが話しかけると、ヒカルは少し背を屈めて、声がよく聞こえるようにする。その仕草が好きで、アンズは何度でも話しかけたくなってしまう。
「本当にペンギンが好きだね。西園寺さん」
「うん! 大好きだよ」
どんなところが好きなのかと聞かれて、アンズは、ペンギンは飛べないからだと答えた。
ヒカルは、アンズは変わっているなと思った。
「ペンギンは鳥なのに、飛べないでしょ? でも、水の中だと凄く凄く、早く動けるの」
「そうだね。あんなに、ヨタヨタ歩いてたのに」
「生きてる場所が、違うだけ。得意なことが違うだけだよ。それだけ」
アンズの脳裏には、幾人もの顔の無い女の子の姿が浮かんでいる。自分を虐めた人間だ。
少し毛色が違うだけで、好きなもの、嫌いなものが違うだけで、人はどうしてあんなにも他人に意地悪になれるのだろう。
「鳥は飛ばなきゃいけないなんて、決まりはないのにね」
アンズは笑ったが、その笑顔には別の感情が隠れているようにヒカルは思った。やはりアンズは、淡路と同じだ。二人は笑顔で、別の感情を隠している。
「……一度くらい、飛んでみたくないのかな」
ヒカルには、自分が奇妙な質問をした自覚があった。
「きっと『飛べたらステキね』って、笑うだけだよ」
「なんだか、随分大人な対応だね」
「だって、生きる場所は、変えられないよ」
ヒカルには、アンズの返答が悲しかった。
先ほどまでキラキラしていたアンズの目は、水槽の向こうの暗がりを映している。
「鳥が海を泳いで、魚が空を飛んで。そうやって皆、もっと自由に好きな所で生きられたらいいのに」
ヒカルがそう無意識に呟くように口にした言葉は、まるでアンズへの慰めのようだった。
ヒカルの目も、アンズの目も、同時にガラスから離れて相手へと向けられた。
アンズは、ヒカルの瞳の奥に自分と似た何かを見つける。ヒカルは、他とは違う何かを抱えているのだ。自分と同じで、集団の中に居ながら、孤独と安息との間で苦しんでいる。
「キスって、こういう時にしたくなるんだね」
ヒカルが驚いたような顔をしたので、アンズはそれを少し可愛いと思った。
「冗談だよ、冗談。ねえ、東條くん。もう一か所だけ、一緒に行きたいな」
ヒカルの返事を待たずに、アンズは彼の袖を掴んで歩き出す。
ヒカルはアンズの横顔に、不穏な陰を見たように思った。




