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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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68/408

2-7 FACE ④



 十一時四十分。

 

 ヒカルは、アドベンチャーニューワールドの「アクア」と呼ばれる水族館に居た。


 どうせカップルばかりだろうと思っていたのだが、いざ到着してみると、パーク内は謎の女の襲撃予告を面白がって来たようなグループやマスコミも多くカオスと化している。


 そのおかげもあって独りきりの自分が浮くことはなかったが、これから起きることを考えるとヒカルは憂鬱だった。どうやってこれだけの人数を巻き込まずに、謎の女とキツネだけを狩ればいいのだろう。


 ヒカルは到着してから、随分と長いこと一つの水槽の前に座っていた。


 それはクラゲの水槽で、他の展示に比べれば派手さは無かったが、いつまでも見続けていられるような心地よい浮遊感がある。


 謎の女は動画内で、時間しか指定していない。この広いパーク内で、これだけの人ごみの中で、ヒカルは気配を頼りに女とキツネを探さなくてはならないのだ。


 ここには、アオイも仕事で来ている。これだけ人が多ければ、彼女の仕事も大変に違いなかった。


 それでもヒカルは、アオイは淡路が一緒に居れば問題無いだろうと考えている。そう思える程度には、ヒカルは淡路のことを信頼し始めていた。


 それから、どれ程の時間が経ったか分からなくなった頃。ヒカルは晴れない心を抱えて立ち上がり、辺りの水槽を眺めて歩き出した。


 大きなチューブ型の水槽を見つけて中へ入ると、立ち止まるカップルの間に挟まるように、ヒカルは辛うじて自分の場所を見つけることが出来た。


 ガラスの向こうに広がる、青い空間。その中を幾種類もの魚が泳ぎ回り、見上げた天井からは、太陽の光が星粒のように輝いて見えている。


 ふと、ガラスに金髪の少女が写った様に思えて、ヒカルは反射で振り返った。しかしそれは、全く知らない別人だった。


 腕を組んで歩いていくカップルの背を眺めながら、ヒカルは自分のカバンに意識を向けた。此処で渡す予定も無くなってしまったのに、持ってきてしまったクリスマスプレゼント――。


 虚しくなって、ヒカルはチューブの上を眺めながらフラフラと歩き始めた。


 それから少しして、ヒカルは自分の胸の辺りに、何かが当たったことに気付く。


「あ、すみません! ……えっと、もしかして、西園寺さん……?」


「……東條くん? どうして?」


 ヒカルの前には、ニット帽を目深に被り、グルグル巻きにしたマフラーで口元を隠しているアンズがいる。アンズは真白のコートに、真っ赤なマフラーを身に着けていた。


「あの……東條くん、泉さんは? 一緒じゃないの?」


「今日は……ちょっと。西園寺さんは?」


「あ、えっと……内緒」


「そっか。じゃあ、僕も。内緒」


 ヒカルが笑い掛けると、アンズも笑顔を返した。


「そうだ! あっちの水槽は、もう見た? もう少ししたら、サンタさんが魚に餌をあげるよ。あと、向こうにクラゲの水槽があるの。東條くん、クラゲ好きだったよね? あと、今の時期だけ、ペンギンもサンタさんの恰好してて……」


 アンズの声は落ち着いていて、囁くような声質は水槽に囲まれた空間に溶けていくようだった。


 目をキラキラさせて話すアンズの声を聞いているうちに、ヒカルは何かこみあげてくるものを覚える。


 不意に、アンズの姿が、歪んで見えた。


 アンズが口を閉じて、ヒカルの頬にそっと手を触れる。


 そうして初めて、ヒカルは自分が涙を流したことに気付いた。


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