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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-7 FACE ③



 同時刻。


 いつものようにコートのポケットに手を入れて淡路が歩いていると、彼は前方で待機していた仲間に呼び止められた。佐渡、国後、城ヶ島の三人だ。


「能登は?」


 一人足りない事に気付いて淡路が尋ねると、佐渡が舌打ちしながら離れたベンチを指さした。ベンチの上には、二メートルを越える大男が横になって轟々といびきをかいている。


「うちの能登サマはな、肝心な時しか役に立たねえんだ」


 佐渡は、褒めているのか貶しているのか分からない事を言う。


 佐渡はアオイよりも少し背が低く、彼女の部下の中では一番の年長者であり、主任の職についている。鋭く小さな目をメガネの奥で光らせて、いつも人を睨むように顔を動かす癖があった。


「淡路君。今日は、覚悟しておいた方がいいよ? 僕ら、結構嫌われちゃってるからさあ」


 肩まで伸びた髪をサラリと揺らして、国後が親指で後方を指した。明らかに一般人ではない人間が、幾らか客に混ざっている。


「そういうこった。あいつらが、素直に情報寄こすと思うなよ?」


「いっくら暗号変えても、食らいついちゃうけどねえ」


 国後は、楽し気だ。一課の嫌がらせを、ゲームくらいに思っているのかもしれない。


 佐渡と国後は情報収集、分析に優れているということで、課長の天下井によって引き抜かれてきた。淡路は二人に興味がなかったので、それほど深くは知らない。


「なんでもさあ、東條さんが、一課を焚きつけたらしいよ? 半分は向こうのヤマだとか」


「東條さんは、優しいもんな」


 国後の言葉を遮って、城ヶ島が割り込んだ。


 城ヶ島はレスラー、漁師という仕事を経て特務課入りした男で、背は淡路より少し低い位だが、腕の太さや体の厚みは日本人離れしている。


「お前な、あれはサイボーグだぞ? サイボーグ。あの見た目で、あの学歴に経歴だ。嫌味の塊じゃねえかよ」


「嫌味なんか言わねえ。東條さんはオレに、『好きなことがあるのは素敵ね』って言ってくれるからな」


「あれれ~? 城ヶ島君。それ、嫌味だったんじゃないの?」


「いいや。カノンちゃんのライブで頭が一杯で、報告書が書けないって正直に言ったら、笑顔でそう言ってくれたんだ」


 城ヶ島以外の三人は、アオイが彼に殺意を抱いただろうことを容易に察した。


 城ヶ島はアイドルグループ「リリカル☆パレード!」、通称「リリパレ」のメンバーである桜ノ宮カノンの熱狂的なファンである。リリパレは、本日十九時からこの場所でミニライブを行うことになっていて、それ目当てと思われる客も多い。


 クリスマスのテーマパークには縁の無さそうな佐渡、国後、城ヶ島の三人がうろついていても、今日はそれほど違和感が無いという訳だ。


「そういや、淡路。東條さんを探してるのか?」


「いや、見回りだよ。東條さんなら、一課のお友達と打合せじゃないかな」


 何か急ぎの用件でもあるのかと淡路が尋ねると、三人は揃って首を横に振った。


「お前も、よく組めるよな。もう分かったろ? あれは、仕事が服着て歩いてんだ」


「どっちかっていうと、僕らが押し付けちゃってるとこあるけどねえ……。淡路君、なんかメンタル強そうだしさあ」


「優しいけども、ずっと一緒だと気が抜けねえよな」


 三人は、それぞれの言葉に深く頷いている。


「ああいう女は、ベッドの中でも命令してくるタイプだな」


 佐渡の冗談に、国後と城ヶ島は笑うでも無く、顔をしかめる訳でもなく、無表情で応えている。


 その様子を見た淡路は、恐らく二人はそういった経験とは縁遠いのだと察した。


「別に、僕は構わないよ。仕事は仕事だからね。じゃ、行くよ」


 ひらひらと手を振って、淡路はその場を後にする。


 駐車場のアオイの車まで戻ると、淡路は窓をコンコンと軽く叩いてからドアを開けた。


 車の中では、周囲の視線から隠れるように、アオイが後部座席に横になっている。


「具合、どうですか?」


 コートを脱いで後部座席に乗り込むと、淡路はアオイの頭を自分の膝に乗せてコートを上から掛けてやった。視線から隠す目的もあったが、少し寒そうに見えたからだ。


 アオイは、現場に到着するなりひどい頭痛に見舞わた。それでも気力で一課との打合せや特務課への指示を普段通りにこなした後、ついに我慢できなくなってここに隠れていたのだ。彼女が淡路の膝枕に抵抗しないのは、今はそうする気力が無いからである。


「これ、いつもので合ってます?」


 コートのポケットから小さな水のボトルと薬の箱を取り出すと、淡路はそれをアオイに手渡した。アオイが薬の箱に書かれた説明書きを呼んでいる間に、淡路はボトルのキャップを開けてやる。


 アオイは少し頭を持ち上げて薬を口に含むと、また淡路の膝に頭を戻した。


「……なあに?」


 何か言いたそうな空気を察して、アオイは淡路に問いかける。


「いえ、てっきり『気持ち悪い』って言われると思っていたので。彼氏でもないのに体調を把握してたり、普段飲んでる薬を持ってきたら、普通は怖いと思うでしょう?」


「一番怖いのは、いざって時に動けないこと」


「あなたのそういう考え方、好きですよ」


 髪が少し揺れるのを見て、淡路はアオイが笑ったように思った。


 じきに外に出るつもりだと、アオイは淡路に伝えた。指揮官が、何時までも隠れている訳にはいかないという。


「こんなことで気が紛れるか分かりませんが……朝、車にクリスマスプレゼントを隠しておいたんですよ。まあ、トランクにあるんですけど」


 隠していないと、アオイが笑う。


 淡路がワインだと伝えると、アオイは間を空けずに銘柄を口にした。


 それは確かに淡路が選んだものと同じだったので、彼は言葉を詰まらせる。


「気を遣うほど高くなくて、間違いなく美味しくて、外さない物。あなたらしいチョイスでしょ。終わったら頂こうかな。淡路もたまには付き合う? 勿論、お茶で」


 アオイがクスクスと笑うのを見て、淡路は嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになった。


「バレてましたか」


「誤魔化せても、成り切れないでしょう? 流石に体質までは」


 アオイは、淡路が下戸であることに気付いていた。


 淡路は自分が少し火照っているように感じたが、それは気恥ずかしさのためばかりではなかった。


 アオイは気を抜いている時、「なに」ではなく「なあに」という。

 アオイは淡路のことを、「あんた」ではなく「あなた」と呼ぶことがある。


 恐らく無自覚であろうアオイのその変化が、淡路には嬉しい。今、彼の前には、自分のコートにすっぽりと隠れているアオイの愛らしい姿がある。触れても殴られず、文句も言われない今の状況は、淡路にとって予期せぬクリスマスプレゼントとなっていた。


 口を開いて、淡路は言葉にすることを躊躇い、口を噤む。コートから少し出ているアオイの頭を眺めながら、淡路はそれを幾度も繰り返した。


 そうしてようやく覚悟を決めて、淡路はアオイにコートの内ポケットを探る様に言い、本当のプレゼントがあると伝える。


 アオイが何かと尋ねたが、淡路は答えない。


 コートの中でアオイの腕がごそごそと動くのが分かると、淡路は珍しく自分が緊張していることに気付く。


「色々、迷ったんですよ。あなたは首にも指にも、何も着けない。でも、耳にはいつも小さなピアスを着けてる」


 しまったと、淡路は後悔した。コートで、アオイの表情が見えない。これでは、相手の表情に合わせて会話を展開していくことは出来ない。


「でも、ほら、色が付いてるのは好みがあるでしょう? ダイヤはお好きそうだけど、あなたは、付き合ってない男からは受け取らないだろうし。それに、どちらかというと自分で買いたいタイプだ」


 コートの中のアオイの動きが、止まった。それが分かると、淡路の緊張はさらに加速するようだった。


「だから、本当に迷ったんですけど、シンプルなものに。……捨ててくれても良いんです。それは、全然気にならない。でも……突き返されるのは流石に」


 言った後で、淡路は自分が手に薄らと汗をかいていることに気付いた。こんなことは、初めてだ。


 暫く間を置いて、アオイが体を起こしてシートに座りなおした。「そろそろ持ち場へ戻る」と言って髪を手早く手櫛で直すと、アオイは淡路にコートを返す。彼女の膝の上には、掌に収まる程の小さな薄い箱。


「――ありがと」


 目を伏せて、アオイが呟くようにいった。彼女の目は、膝の上の箱を見ている。


「お礼、しなきゃね。何がいい? なにか好きなものあったっけ」


「いいですよ、そんな」


「でも、そういう訳にもいかないでしょ。何か考えないとね」


 それならばと、淡路はジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。その中には、四つ折りにされた紙が一枚入っている。婚姻届だ。


「帰りに、役所に寄りましょうね。アオイさん」


 アオイは淡路の目の前で婚姻届をぐしゃぐしゃに丸めると、それを床に投げ捨てて車を降りていった。


 アオイが車から離れた後、淡路はヘッドレストにガツンと頭をぶつけて自分への苛立ちを露わにする。照れ隠しでついふざけてしまったが、そういう事をしている場合でもないだろうと思い直したのだ。


「……可愛すぎる」


 アオイの凛々しい後姿を見て思わず呟くと、淡路は慌てて彼女を追いかけた。


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