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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-6 Tell me ③



 二〇×一年 十一月 二十四日 水曜日


 素振りを止めてタオルで汗を拭うと、南城は風を求めて道場から庭へ出た。


 風は思ったほど吹いてはおらず、汗ばんだ額や首筋をそっと撫でていくだけ。空はよく晴れていて、少し離れた母屋の庭の方へ鳥が連れだっていくのが見える。


 学校では、オンライン授業が始まっていた。


 南城は体育教師ということもあって殆どの授業が振替になり、部活動も暫くは休みのために時間が空いている。数日後には学校での授業再開に向けての準備が始まるが、それまでは上の人間達が忙しくすればいい。


 半壊した校舎に生徒が居なかったことは、奇跡としか言いようがなかった。


 南城はあの瞬間、自分と少女との間に何かが割入って爆発を引き起こしたのを見ている。恐らく少女には、協力者がいるのだ。


「お嬢様」


 声を掛けられて、南城は振り返った。そこには、小柄で気の強そうな老婆が立っている。彼女の手には、メモが握られていた。


「旦那様から、お電話がありまして」


「滝。無理と伝えてほしい」


「まだ、何も申しておりませんよ」


 南城を窘めて、滝はメモを顔の高さに上げ、首を少し引いて目を細めた。


 滝は既に七十歳に近いが、それでも体はまだまだ元気一杯だ。ただ、近頃は物忘れをすることが増えてきた為、割烹着には常にメモ帳を忍ばせている。


 その滝のメモによれば、「十二月二十五日に懇意の者で集う会があるので、そこに参加するように」とのことだった。議員同士の集まりのようなものだが、それは南城のお披露目も兼ねている。


「何故、結婚させようとするのかな。不思議で仕方がない。仕事もして、道場も継げる様に努力しているというに」


「旦那様には、旦那様のお考えが御有りなのでしょう。……滝も、少しばかり不安に思うことが」


 それは何かと、南城は尋ねた。聞かずとも予想は出来ていたが、滝に対しては、こうして話を聞いてやるのが孝行のように思っているからだ。


「お嬢様から、特定の男性のお名前を聞いたことが未だなく」


「そうか。身持ちの堅い、良い娘じゃないか」


「剣道、弓道、薙刀と……武道ばかりでなく、お華やお茶を嗜まれては?」


「嗜んでいるぞ。毎年、ぐっと堪えて、茶会だの品評会だの出ているじゃないか。苦い茶を飲んで、名も知らない花を愛でている」


「お嬢様!」


 ピシャリと叱られて、南城は滝に見えないように笑う。


 滝は、南城が生まれた時には既に、この家で家政婦をしていた。誰よりも家の中に詳しく、相手が誰であっても物怖じしない滝は、まるで南城の本当の家族のように彼女に接している。


「分かっている。冗談だ。時期がくれば、良い人を滝に紹介するつもりでいるよ」


「どうでございましょうね」


 滝の目は、南城の手首に出来た痣に向けられている。それは校舎の倒壊に巻き込まれかけた時に出来たものだが、滝には稽古の際に出来たと伝えていた。


「本当だよ。だから、父には無理と伝えてほしい」


 滝は少し疑った表情をしていたが、やがて諦めた様子で自分の仕事へ戻っていった。赤ん坊の頃から成長を見守っていることもあり、やはり滝には南城が可愛いのだ。


 南城はふと、離れの方を見る。そしてカーテンの締め切られた北側の二階の窓を確認すると、彼女は心の中で溜息を漏らした。そこに居るはずの兄への不満が、つい口を出そうになったからだ。


 十二月二十五日――その日付を心の中で呟いて、南城は再び素振りに戻る。


 少女を狩り、インドラ、そしてあの少年も狩る――。決意した南城の目に、迷いはなかった。

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