2-6 Tell me ①
六、Tell me
二〇×一年 十一月 二十三日 火曜日(祝日)
生物準備室の地下の暗がりで、アンズはスマートフォンを眺めていた。画面は、家族で最後に旅行した灯台の写真だ。
「ペンギンが好きなの?」
耳に蘇る、ヒカルの声。アンズはそれを愛おしみ、目を閉じる。
それは、先日の文化祭中のこと。
「西園寺さんは、ペンギンが好きなの?」
ヒカルに尋ねられて、アンズはドキリとした。横顔を眺めていたことが、バレてしまったように思ったからだ。
ヒカルは、アンズの手の中のスマートフォンを指している。
二人は、屋台の荷物を教室に運んでいる所だった。アンズが段ボールを両手に抱えて歩いていたところで、傍を通り掛かったヒカルが荷物を代わりに持つと申し出たのだ。
「うん。大好き。水族館にもよく行くんだ。東條くんは?」
「僕も好きだよ。水槽の傍に座って、ボーっと眺めてる事が多いかな。クラゲとか」
「本当? あのね、私もなの。イルカもアシカも好きでショーは楽しいけど、でも、水槽を眺めてるのが好きなんだ。ずっと観てると、自分も中に入って浮かんでるみたいな感じがするの。フワフワして、まるで宇宙にいるみたいで、それで……」
アンズは、ハッとして口を閉じる。つい、喋りすぎてしまった。ヒカルと話している時は、気付くと早口になってしまうし、喋り過ぎてしまったり、逆に言葉が旨く出てこなかったりするのだ。
しかしヒカルは、笑顔でアンズの言葉を待っていた。
それが分かると、アンズはもっと話していたいような、このまま口を閉じて目を合わせていたいような気持ちになってしまう。
「それで、あのね、それで……凄く、すごく好き」
アンズはその言葉に、ヒカルへの気持ちを無意識に乗せていた。
ヒカルはもちろん、気付かなかったが。
「――あら、先生」
アンズの意識は、記憶から再び現在へと戻されていた。中林が来たことに気付いて、アンズは彼に目を向ける。
「キツネは私の敵じゃないわ。次は、全員まとめて叩く。そのためには、もっともっと広い所でないと」
中林は顎髭を撫でながら、思案している様子で頷いた。
「基本的にハンターは、人質がいれば手を出せない。人が多く、水の豊富な所がベストだが……」
中林は、それは難しいと言っている様子だった。
アンズは、再びスマートフォンに視線を落とす。そこに写っているのは、海と、灯台と、父と母。大切で、大好きな思い出だ。
それから少し考えて、アンズはピッタリの場所があると中林に提案した。




