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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-4 何もかも ⑤


 

 遡ること、十数分前。


 北上と南城とは連れだって、学校の周囲を歩いていた。見回りの為である。


 鉄仮面の名で生徒に恐れられる北上と、アイアンレディの名で知られる南城とは、誰もが知る犬猿の中である。しかしなんの偶然か、二人は見回りのペアになってしまっていた。


「どうして、お前なんかが来るんだ」


 南城の呟きは既に幾度か繰り返されていたので、北上は応えることを止めている。


 北上は、本来はこの時間の見回り担当ではなかった。機材の返却が遅れているクラスの担任に頼まれて、急遽係を交代したのだ。


 北上が集合場所にやってきた時、彼の顔を一目見た南城はこの世の終わりのような顔をして見せた。北上には、その理由が分かっていない。


 南城は北上を置いていくつもりでスタスタと歩いているが、北上はそれにピタリと着いて歩いている。南城には、それも面白くない。


「全く。何時になったら帰れるんだ」


 南城のそれは、独り言だった。


「全部、終わったらだ」


 北上の返答は南城が求めていないもので、さらに分かり切った内容だったので、余計に彼女を苛立たせる。


 しかし当の北上には悪気など一切なく、むしろ彼は南城のことを心配していた。文化祭中に北上が南城の姿を見かけた時、彼女は看板を幾つも抱えて歩いていたからだ。


「北上。あの時……何故、間に入った?」


 北上は、速足の南城の背をボンヤリと眺めた。自分に掛けられた声の冷たさには、気付いていない。


「何故かと、聞いている」


 急かされて、北上はようやく返答を考える。


「淡路さんは多分、君に負けるつもりだった」

「そんなことくらい、私にも分かっている!」


 南城が声を荒げたので、北上はまた口を真一文字に結んだ。


「適当なところで負けて、あの笑い顔でさっさと去るつもりだったのだろうな。馬鹿にしているのだ」


 南城の言葉からは、淡路への強い嫌悪が漏れ伝わってくる。それは単にあの場限りの出来事が原因ではないように思えて、北上はさらに言葉を失った。


 北上は、南城が淡路のことを好きなのだと誤解している。それは、彼らが初めて淡路と会った時に生じたものだ。それ以降は特に会話も無かったために、未だ誤解は解けぬままであった。


 今、あくまで北上の中では、南城は悲劇的な状況に置かれている。尊敬する先輩であるアオイと、自分の思い人である淡路とが婚約しているのだから――。


 そういったこともあって、北上は、なんと答えるべきか考えあぐねていた。いくら考えても南城の心の傷を癒すような言葉はないように思えたが、それでも何か言葉を掛けたいという気持ちが沸いて出る。



(俺は口下手で、なんといって良いか分からないが、生徒たちのためにあの場で淡路さんと向き合った君は)「立派だ」

「……立派か、あれが」

「ああ」

「そうか。お前も、馬鹿にしているよ」


 南城の声を耳にして、北上は落ち込んだ。何故、伝わらないのだろう。


 南城の声は、先程とは比べ物にならない程の、凍てつくような冷気を放っている。明らかに彼女は、怒っている。



(すまない。また、俺は余計なことを言っただろうか。いや、そうだろうな。俺は、どうしていつも君を怒らせてしまうんだろう。本当にすまない)「南城」

「黙れ。話しかけるな」


 北上は、口を結んだ。彼は酷く落ち込んでいたが、それは表情に表れていなかった。


 南城は、そんな北上に酷く腹を立てている。一回りも年下の自分が「黙れ」といえば簡単に黙るような性格をしているのにも関わらず、北上は時折、妙に突っかかるような物言いをするのだ。


 いつも顔色を変えず、表情の乏しい男。

 突然話し始めたと思えば、意味の分からない事を口にして、勝手に去っていく男。


 そんな北上は、南城の理解の範疇を越えていた。


「勝っても、負けても」


 北上がボソリと言葉を口にしたので、南城は足を止めて彼に目をやった。下らない事を言えば、今度こそ怒りに任せてボロクソに言い返してやろうという思いがあった。幸いここに、生徒はいない。


 北上は、南城に合わせて足を止めた。彼は南城の視線に気付くと、これまでに感じたことのないような緊張を覚えた。既に怒らせているのだから、普段以上に言葉を選ばなくてはならない。


「――君が、嫌な気持ちになると思った」


 心の中で呟いていたよりも大分短い言葉を、北上は発していた。


 南城は暫くの間、北上の顔を眺めた。それから彼女は、また何事もなかったように歩き出す。南城はこの時初めて、北上の左の顎に黒子があるのを知った。


「礼は、言わん」


 歩きながら、南城は呟く。

 北上の耳に届いたそれは、先程までよりも声に温かみがあるように思えた。


 北上も直ぐに、南城の後を追う。


 二人の歩みは早かったので、見回りをしているというよりは、単に校舎周辺を移動しているだけになっている。


 そろそろ半周を迎えるという地点で、二人の耳には空気を裂くような強烈な音が届いた。校庭に居る生徒たちからは、悲鳴が上がっている。


「北上! 悪いが私は……」


 先に戻ると伝えようとして南城が振り向くと、既に北上の姿は消えていた。辺りを念入りに探るが、人の気配はない。


「……好都合だ!」


 南城は、傍の茂みに飛び込んだ。


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